<< 報告書目次 宇宙への芸術的アプローチ『1997年度研究報告書』-10

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質問に答える土井宇宙飛行士(1998年1月28日)

4 宇宙飛行士との会見その他の実施内容の検討

4.1 全般的な評価

4.2 宇宙飛行士へのヒアリングによる情報収集と検討

4.2.1 宇宙体験関連(微小重力下の身体感覚、船外活動)

(1)微小重力下の身体感覚、参照軸(Reference Axis)

(2)睡眠時の身体感覚

(3)船外活動

(4)宇宙で体験した光景

4.2.2 宇宙体験関連(音、音楽等)

4.2.3 シャトル内での自由時間および生活全般関連

(1)自由時間における芸術的活動

(2)宇宙ステーション「ミール」関連

(3)船内生活全般

4.2.4 将来の宇宙での芸術活動関連

(1)宇宙での新しい芸術文化

(2)宇宙飛行士関連

(3)芸術的な活動を行う時間帯

(4)教育効果および波及のための公開の必要性

4.2.5 回答が得られなかった事項及び追加質問

・スケール感覚の変容について

・メッセージボードについて

・私物について


4 宇宙飛行士との会見その他の実施内容の検討

4.1 全般的な評価

別件的な依頼としてではあったがSTS-87において絵画に関する予備実験が実施され、その検証方法として土井宇宙飛行士帰還後報告会(1998年1月28日 宇宙開発事業団筑波宇宙センター)において直接会見の機会を得た。
さらに、NASA宇宙飛行士来日記念公開講演会(1998年2月16日 けいはんなプラザ「住友ホール」)、NASA宇宙飛行士招へい合同研究会(1998年2月17日 国際高等研究所「レクチャー・ホール」)等において宇宙飛行士、関係各位の方々との会見の機会を得た。
会見においては時間的制約があり未消化な部分も残ったが、実験に直接関連する情報を含め、それ以外にも数多くの興味深い情報を得ることができた。このことは今後、本共同研究の本来の目的であるJEMにおける芸術的アプローチに関する考察提案を具体化していくうえで、きわめて有効な資料収集であったと評価する。

4.2 宇宙飛行士へのヒアリングによる情報収集と検討

宇宙飛行士へのヒアリングにより得た情報のうち、本共同研究グループが特に注目した質疑、コメント等を以下のように分類検討し考察を加えた。

4.2.1 宇宙体験関連(微小重力下の身体感覚、船外活動)
(1)微小重力下の身体感覚、参照軸(Reference Axis) s.gifs.gif ●[考察]
土井宇宙飛行士の話の中で、リファレンスアクシスに関する事項があった。身体感覚における垂直軸の変換が、スペースシャトル内では自由に行えること、また、それに習熟するか否かが、微少重力空間に於いては極めて重要であると言うことであった。このリファレンスアクシスについては、次の実験内容を考えるに際して、大変示唆に富んだ事柄である。絵画を考えるとき、地上に於いては水平軸が重要な要素であるのだが、微少重力空間に於いては、むしろ垂直軸に注目しなければならないのかも知れない。
●[考察]
物を足元に投げる行為をとおし地上での空間把握の連想による感覚(reference axis)の補完後、快適な活動が可能になる。それを踏まえた後、描画実験が実施された。reference axisをなぜ垂直から把握し始めるのか、水平でないのはなぜか。
●コメント(土井宇宙飛行士):
微小重力空間は、適応してしまえば快適な空間である。意識によって自由に方向感覚の軸 (reference axis) を変えることができ、船室の床・天井・壁をすべて利用することができる。人間もたがいに別々の方向を向いたまま生活ができる。

●[考察]
意識によって自由に方向感覚の軸 (reference axis) を変えることができるということを作品化できないか。プランは地上でなされたものの限界を示しているといわざるをえない。宇宙ならではの体験をふまえることによって、現時点では想像できない宇宙的発想による作品が期待できる。
●[考察]
どの方向から見ても成り立つ美術の成立を期待させる。食事、入浴、運動なども地上とはずいぶん様子の違ったものになる。方向感覚の多様化(床、天井、壁を自由に下にできる、すべての面が活用できる)から、土井宇宙飛行士が述べたように、新たな文化や芸術、新たな方向感覚を生かした絵画、立体作品が生まれる可能性がある。
●関連質問(芸術分野から):
ふつう話をするときは顔を同じ方向に向けて話すが、顔が横を向いていたり逆さ向いたりしたまま話ができるものなのか。
●回答(Godwin, Nagel宇宙飛行士):
こっけいだ。頭を横に倒して人の顔を見ることを考えたらいい。とにかく奇妙なもんだ。

●関連質問(芸術分野から):
土井宇宙飛行士は、上下感覚は変えられるという話をしていたが、そうなのか。
●回答( Godwin, Nagel宇宙飛行士):
床と天井は入れ替えられる。天井にいても、逆さという感覚なしに床と思うことができる。宇宙に行くと最初の2日間は方向感覚が混乱する。それで人によって酔ったりする。

●質問(哲学分野から):
シャトルに搭乗して実際に体験した無重力(微小重力)は、地上に置いて体験したものと何ら変わらなかったか?仮にかわりがあったとしたら、それは何だったか?
●回答(土井宇宙飛行士):
宇宙空間で生活している感じは、地上においてのプールを使った疑似体験とひじょうに違っていた。船外活動での印象は、プールでの体験に通じるものがあった。約1週間ほどで無重力(微小重力)状態での生活に身体が完全に慣れた。慣れていくプロセスとしては、最初の2時間ほどがきつく、体液が頭に上がったようでぼおっとし、内臓が引き伸ばされているようにも感じた。2・3日経つとそれらの感覚も収まり、1週間で完全に慣れ、浮いて移動することがとても自然に思えるようになった。

●関連コメント(土井宇宙飛行士):
無重力状態での生活に慣れていくプロセスを通して、人間は宇宙へ進出して行けるようにDNAにプログラムされているのではないか、という考えを持った。
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(2)睡眠時の身体感覚 s.gif ●コメント(Nagel宇宙飛行士):
睡眠が自由な姿勢でできる。身体が固定されていないという不安定な状態で眠ると奇妙な感覚に襲われる。
●コメント(土井宇宙飛行士):
寝袋を使用しないで眠ると、身体への刺激がないので意識だけが存在するような感覚を得ることができる。

●[考察]
これらの感覚は芸術家が何かの方法で伝えられるのではないか。
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(3)船外活動 s.gif

●コメント(土井宇宙飛行士):
重量は無かったのだけれどやはり質量は感じた。
宇宙に出たとき体を動かしてみて最初に感じたのは、内臓のたとえば胃であるとか肝臓であるとかが、それぞれべつの質量を持っているように感じたことだった。

●[考察]
微小重力環境下では、造形作品の統一性のあり方、例えば部分と全体の関係も変わるのではないか。地上ではあくまで視覚が主体で、それゆえ全体が上から部分を支配統合するという関係になりがちだ。これがいわば「近代」の論理だった。だが、宇宙では、原始的な内蔵感覚を主体に、局所的に分散する自律的部分が相互に作用して、ボトムアップ的に自発的な総合を果たす可能性がある。これは、最近の非線形力学系の人工生命論や、ポストモダンの芸術作品の離散的統合のあり方とも通底するイメージで、きわめて興味深い。今後の芸術ミッションでは、まず粘土などの可塑的素材の質量体験を活かした造形実験をぜひ実施すべきである。
●[考察]
地上における芸術特に彫刻作品にとっては、重量感の問題や大きさとバランスの問題は重要であるが、今後宇宙に長く滞在した人にとっての芸術に無重力状態がどのように影響するのか興味がある。
●コメント(土井宇宙飛行士):
宇宙からは、地球の美しさ、すばらしさを実感した。シャトルの窓から眺める地球の景色は、何時間見ていても飽きることはなかった。船外活動で眺めたときは身体の向こう側まで地球が広がっていた。壮大さ偉大さを感じた。

●[考察]
宇宙を体験することはきわめて貴重なことであり、体験すること自体が興味の対象となりえる。すなわち「宇宙を眺める(感じる)」行為自体が現状において鑑賞と同等の意味を持つといえる。このことは今後の「宇宙における芸術」の可能性に関する重要な手がかりの一つと成りうると考える。例えば今回のミッション中、土井宇宙飛行士が衛星回収のための船外活動において長時間船外において待機していた状況を、宇宙空間における「無為の時間」あるいは“isolation”や“floating”の体験としてとらえるとするなら、その行為は宇宙における芸術活動と解釈することも可能なのではないか。さらにはこうした行為に特化した生命維持モジュールを創作物と考えることも可能なのではないだろうか。

*「無為の時間」:STS-87における芸術ミッションとしてAASより提案したもの

●質問(哲学分野から):
シャトル搭乗前の「船外活動によって自分の人生観や世界観が変わる予感はあるか」という質問に対する回答で、土井さんは「そういう予感はない」とお答えになっていたが、実際に変化はなかったか?
●回答(土井宇宙飛行士):
宇宙に行ったからといって、すぐに人生観や世界観・宗教観が変化するものではないと思う。ただ、宇宙全体が神のようなイメージ(信念)は強く感じたし、宇宙空間に受け入れられていると感じた。
●関連コメント(Nagel宇宙飛行士):
(ほぼ同じ質問に対して)私はクリスチャンだが、ミッション後、自分の信仰が強化されたと感じた。
●関連コメント(土井宇宙飛行士):
無重力下でずっと目を閉じていると、身体(肉体)の感覚が薄れてきて、精神そのものが空中に浮いているような感じになった。霊魂離脱の感覚に近いものなのかもしれない。目を開けるとすぐに元の感覚に戻った。これらの体験は、宗教的なものに結びつくような印象ではなかった。

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(4)宇宙で体験した光景 s.gif ●コメント(土井宇宙飛行士):
地球は青く輝きとても魅力に富んだものであり、星はまたたかず、他は漆黒の空間が拡がっている。

●[考察]
色彩感覚の変容について
宇宙空間では、我々が今地球上で見ることのできる豊富な自然や物、自然物から発せられる質感をともなった色は乏しく、限られた自然(地球=触覚はない)とごく限られた物(人工の宇宙船の内外部)と月と星から発せられる色彩に限られる。
こうした環境下での長期滞在(世代交代が進めば)では、色彩感覚は変容し我々が現在使用している質感のある色彩(絵の具等)は記憶としての存在となり質感をともなわない新しい概念による色彩感覚が芽生え、新たな「心理的色彩」?と呼ばれるようなものが生まれるのではないか?
そこから、新しい概念と様式をもった視覚芸術として展開してゆくことになる。
●コメント(土井宇宙飛行士):
実際に見た地球の美しさは、あらゆる既存のイメージを越えて、圧倒的だった。

●[考察]
地球の美しさは、従来の表現(写真、映像、絵画など)では十分に伝えられていないのはなぜか。
●コメント(土井飛行士):
昼間(昼側にいるとき)宇宙から地球を見ると、たいていは海であり、人間の活動を認識することは少なかった。夜(夜側)になると、都市の光の印象が強く、人間の造形物として認識できた。
●コメント(Godwin宇宙飛行士):
宇宙から地球がよく見えた。油田火災の黒煙も、火山の噴火も見えた。
夕焼けがすばらしかった。オーストラリア上空ではオーロラも見えた。

●質問(芸術分野から):
地球がよく見えたという話だが、夜空はどうだったか? あなたの3回目のミッションのときちょうど百武彗星が見えたはずだがどうだったか?
●回答(Godwin宇宙飛行士):
ヒャクタケはよく見えた。すばらしかった。夜空もよく見えた。空は真っ暗で、星は地上で見るよりも明るく大きく見えた。星は全然またたかない。南十字星も見た。月が印象的だった。
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4.2.2 宇宙体験関連(音、音楽等)
音、音楽等 s.gif

●コメント(土井宇宙飛行士):
地球を見ているときに、テンポのゆっくりした音楽を聴いているような印象を受けた。視覚情報がメロディーのような印象で伝わってきた。敢えて言うならば、(SF映画「2001年」で使われていた)「青きドナウ」は地球を見ているとき感じたテンポに近いと思う。
●コメント(土井宇宙飛行士):
「地球の微かな響き(音楽)」を聴いた。ゆっくりと自転する地球を眺めたときに「音楽」が聞こえてきた。

●[考察]
(i)宇宙空間と音楽
今回の土井飛行士による報告から分かったことは、音楽が予想以上の広がりをもって、宇宙体験に関与しているということである。例えば、船内では、起床時をはじめとして、しばしば音楽が鳴り響いているし、もっと抽象的なレヴェルでは、「地球の微かな響き(音楽)」(土井飛行士)すら聴けたという。前者は、より地球に近い環境での、そして後者はまさに宇宙的な環境のなかでの音楽である。
そういった、宇宙での「音楽の可能性」が今回の飛行でも証明されたわけであり、今後はもっと目的をもった「音楽活動」が、芸術ミッションの一部として遂行されるべきだと考える。そのためのスケッチをここで試みたいと思うが、あらかじめ、論点を2つに整理しておこう。
第1は、既成の音楽が宇宙のなかで果たし得る役割について、第2は、宇宙空間ならではの新しい音楽創造の可能性について。この2つである。
宇宙における芸術の可能性を考える場合、いまある(地球上の)芸術的枠組みを、宇宙という空間のなかに無原則に投入しても、不毛である。さりとて、全くの無から何かを引き出すわけにもゆかない。既成の音楽を批判的モデルとしてとらえ、何とかそこから逃れながら、新しい音楽モデルをつくっていく。そういった活動のなかでが、宇宙ならではの音楽(事象、現象)が構築されてゆくであろう。

(ii)既成の音楽の用法
いくらタフな宇宙飛行士でも、長期の閉鎖的な船内生活は、かなりのストレスを生む。その解消のひとつとして、「ストレッチ」や「自転車こぎ」などのスポーツ用具が備えられているが、そういった肉体の運動不足のみならず、精神の運動(?)不足にも対応する措置が必要である。そこで登場するのが音楽である。既に今回の飛行報告のなかでも「起床時の音楽」には工夫が凝らされていた(ただし、選曲にポピュラーとかワールドミュージックへの偏りがみられた)。飛行士たちには何が鳴るのか知らされておらず、おそらく毎日の起床が、ちょっとした楽しみと驚きのときになっていたであろう。
こういった、音楽のもつ「リラクゼーション」の役割が、宇宙ほど明快な機能を果たす場はない。こういった観点から、積極的に「適合的な音楽」のサンプリングを実験的におこなうことを提案したい。これは逆に地球の問題にフィードバック可能である。閉鎖空間はこの地球上にも限りなくある。そういった場所に、たとえコンテクストが異なっても、有為な音楽があるのではないか。宇宙空間での知見が、地球に適応できる例である。

(iii)聴覚の変容
土井飛行士がゆっくりと自転する地球を眺めたときに「音楽」が聞こえてきた、という話は非常に興味深かった。旧約聖書に「はじめにロゴスありき」というフレーズがあるが、ロゴス=言葉(声)=振動と読みなせば、まさに土井氏は宇宙の振動を聴いたのである。そのような場における音楽は、土井氏の「記憶」や「連想」の作用といった次元で捉えるのではなく、まさに「音楽が聞こえた」という「事実」から出発すべきであろう。
なぜこのようなことが起こったのかと考えてみるのは無駄ではない。ひとつの可能性として、聴覚の変異がそこに起こったとも考えられる。宇宙という特殊な空間のなかで感官が変化するのは容易に想像できる。そういった感官のありかたを調べてみることが必要である。そこから、新しい芸術の芽が生まれてくるかもしれない。
実際、地球は自転しているから、本当はものすごく大きな音がしているはずなのに、我々の耳には届かない。どこかでカットされているのであろう。宇宙に出てしまうと、そういったスイッチがオンになるのだろうか。また、基本的に宇宙空間は無音であるから、沈黙や静寂についても、計り知れない体験が可能である。インタビューなどを通じて、感官の変容が芸術活動に与える影響について、様々な興味深いデータが得られそうである。

(iv)音声コミュニケーション
宇宙活動においては様々な音声コミュニケーションが用いられている。全員がチームワークをとる必要があるので、その「言語」は極めて洗練されていなければならない。音声コミュニケーションの最も大きな部分を通常の言語(現在では英語)が担うが、そのほかに多種のシグナルを用いる可能性がある。そのシグナルの音デザインも重要な領域であろう。容易に緊急事態が発生し得る宇宙空間において、シグナルのありかたは、充分検討しておく必要がある。また、その場合、視覚障害者や聴覚障害者など、何らかの障害をもった乗組員が、将来には搭乗する可能性があることも前提としておく必要がある。さらに、地球外生物とのコミュニケーションも、音声シグナルはとりあえずの有効性をもつと思われるので、宇宙言語の一部としての音声言語を整えておく必要があるだろう。
こういう分野はデザイナーとコミュニケーション学者(言語学者、音声学者など)との共同作業となるが、アート的ともいえる感性面での完成度を高める必要がある。(要するに、つまらないシグナルだったら仕事や生活に嫌気がさす。例:学校のチャイム)

(v)音楽活動の展開に向けて
土井飛行士は、宇宙空間において強く音楽が想起されたと述べているが、宇宙は巨大な静寂(無音)に支配されているがゆえに、逆に音は強烈なイメージでせまってくるのではないか。宇宙における音楽作品づくりは、作曲家である武満徹が「沈黙と測りあえるほど」と呼んだような「音」と対峙することから始まるだろう。
ところで、宇宙における新たな音楽づくりは、既成の音楽からいかに離れるかといったあたりからのアプローチが有効なのではないか。まさに地球とは異なった物理的基盤、社会的基盤に立脚しているからである。例えば、ドイツのサウンドアーティストであるロルフ・ユリウスの作品「湖のための音楽」は、人間ではなく湖に聴かせるパフォーマンスであるが、通常の音楽慣習から遠く離れているがゆえに、この地球上では多少奇異なものとして映る。しかし、宇宙空間ではこういった発想こそが重要である。
それにつけても、その前段階としての実験が必要であろう。願わくば、音楽家に宇宙にあがってもらい、専門的な立場からの実験がやれるに越したことはないが、まずは通常の飛行士による実験を前提として、いくつかの可能性を考えてみたい。

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4.2.3 シャトル内での自由時間および生活全般関連
(1)自由時間における芸術的活動 s.gif ●質問(芸術分野から):
他のクルーから土井宇宙飛行士がスケッチを行っていることへの反応はなかったか(芸術活動をきっかけにコミュニケーションがはかれるのではないか)。
●回答(土井宇宙飛行士):
迷惑をかけるような作業ではなかったので特に反応はなかった。

●[考察]
我々の質問の意図(想像する船内生活のモラル)と回答のあいだに意識のずれを感じる。off-dutyの時間帯における他クルーとのコミュニケーションの実態についてさらに知りたい。
●質問(芸術分野から):
他の乗組員の方で芸術的な活動に取り組んだという例があれば教えてほしい。
●回答(土井宇宙飛行士):
私達のミッションでいえば、Kalpana Chawraが詩を作ろうとして活動していた。私達にもその詩の感想を求めていた。他のミッションでそのような芸術的な活動を試みたという例は、私の知る限りではなかったと思う。

●[考察]
とすれば、参考とすべき先例に乏しくまた情報収集とりわけ詳細な現状の把握が重要視される段階にある本共同研究の調査対象を今後いわゆる芸術的活動に限定せず、「off-dutyの時間全体」と設定し直す必要があると感じる。例えば、宇宙生活において地球生活における芸術が担っていることに相当する行為が形式の違う行為として既に成立しつつあるのではないかとの仮説を立て、クルーに対しoff-dutyの時間の過ごしかた(クルーたちが芸術的活動だとは思わないものも含めて)全般に関するアンケート調査を行い、実際にoff-dutyの時間がどのように利用され、それがクルーにとってどのような意味を持っているかといった実情を把握しそのなかに今後の「宇宙芸術」の在り方のヒント(宇宙文明における芸術の発生)を求めてみてはどうか。
●質問(芸術分野から):
宇宙でたいへん多くの感動を受けられたようですが、その感動を何かの表現行為(絵・詩・ダンス・その他)で表した経験がありますか? また、ご自身でなくてもそのような取り組みやユニークな行動等をご存じでしたらご紹介ください。
●回答(Nagel宇宙飛行士):
私には残念ながらそういう才能はないので、したことはありません。しかし、友人の中には宇宙での体験を絵にしている人を知っています。その中の一人は月でムーンウォークをした宇宙飛行士です。

●[考察]
宇宙での新しい芸術の可能性を考察するさい、現在までの宇宙開発の過程で宇宙飛行士や関係者がすでに行った数々の取り組み、あるいはそれらの影響によって生まれた芸術活動に関する情報をできるだけ多く収集する必要がある。それらの蓄積なしには深い考察はあり得ないし、新しい芸術の提案もあり得ない。
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(2)宇宙ステーション「ミール」関連 s.gif ●映像(ロシアの宇宙ステーションミールとスペースシャトルとのドッキング)
●コメント(Godwin宇宙飛行士):
宇宙で誰かを訪れたり、また訪ねられたりすることは、非常にエキサイティングな体験であった。私たちはミールを訪れ、水や食料、実験用器材など1千kg(1トン)にもおよぶ荷物を手渡した。また、ミール内でいらなくなったものをスペースシャトルで地上へ持ち帰りもした。ミールではディナーをご馳走になり、私たちもランチパーティーにミールの乗組員を招待した。お互いに相手の出してくれた食事を楽しむことができた。

●[考察]
国際宇宙ステーションが完成すれば、このミールとシャトルのドッキングのような場面が数多く生まれるに違いない。文化の違うものどうしが出会う異文化の交流が宇宙空間という特殊な場所で行われる中で、新しい文化が生まれる可能性を強く感じる。新しい言語や新しい食文化、新しいライフスタイルや新しい芸術の生まれる場としての可能性はたいへん大きい。今から予測して準備される部分もあるだろうが、ほんとうに新しい文化というものは自然発生的に生まれてくるものなのかもしれない。
●[考察]
ミールにはNASAのシャトルにはない専用の矩形のテーブルがあって、磁石やテープがついていて、金属製の器などを載せることができ、それを囲んで会話しながら食事していた。
●[考察]
宇宙への長期滞在の場合、個人用のイスよりも、複数の人が囲むテーブルの方がコミュニケーションに役立つ。つまり、宇宙のファニチュア・デザインでは、機能面と共に感性的コミュニケーションをサポートする機能も重視されねばならない。
●[考察]
宇宙ステーションミールの船内には中央にテーブルが置かれていた。これは、長期滞在をするとき、人が集まり同じ方向を向いて語り合うための場所の必要性を示唆していると思われる。閉鎖空間内での家具の果たす役割として注目される。
●関連コメント(Godwin宇宙飛行士):
ミールはシャトルに比べて狭い。雑然としていて生活臭があった。
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(3)船内生活全般 s.gif ●質問(一般聴衆):
宇宙環境ではどのような心(精神状態)の変化がありましたか?
●回答(Godwin宇宙飛行士):
スペースシャトル(宇宙)では、最初の数日間はひじょうに内省的になりました。言い換えれば、自己反省的になり、シャトル内での人間関係についても敏感になり、それらについてよく考えるようになった。ミッション終盤では、他の乗組員との信頼関係を強く実感することができた。

●回答(Nagel宇宙飛行士):
宇宙からは地球が小さく感じられ、人類が皆仲良くすればよいのにと感じるようになった。地球がなんと美しいかということを知り、環境問題についてもよく考えるようになった。

●映像(シャトル内での掃除の様子)
●コメント(Nagel宇宙飛行士):
専用の掃除機があり、地上では掃除機を床掃除に使うが宇宙では空中のゴミを吸い取るのに使う。

●映像(シャトル内で特別に設計された寝袋を使って眠る様子)
●コメント(Nagel宇宙飛行士):
スリーピングバッグは船内の壁にマジックテープで固定して使う。他の実験などでも壁や机にマジックテープを使って固定する場合が多い。

●[考察]
この掃除機や寝袋のように、宇宙用に特別に設計された道具があれば、できるだけ幅広く知る必要がある。必要がデザインを生み、それらの道具を使うライフスタイルから新しい文化が生まれるのであるから。
●質問(芸術分野から):
土井宇宙飛行士は、寝るとき身体の感覚がなくなるというようなことを言っていたがそれはほんとうか?
●回答(Nagel宇宙飛行士):
寝るのはとにかく面白い。地上とは全然違う。一度行って寝てみたらよくわかる。首なんか後ろへ曲げたままでも寝られる。
●関連コメント(Nagel宇宙飛行士):
寝るのは面白い。枕がいらない。寝袋に入ってそこらのテープにくっついて寝るのがふつう。床に寝たのに、起きたら天井にいるなどということもある。寝箱は下のデッキにある。

●質問(一般聴衆から):
●宇宙ではどのようなものを食べているのか?
●回答(Nagel宇宙飛行士):
ドライフードなどの方法で乾燥させたものに水やお湯を注入し、柔らかくしてから食べる。粘りのある食べ物ならスプーンを使って食べても大丈夫である。クラッカーのように粉状に砕けてしまうものは不適当だ。
●関連コメント(Nagel宇宙飛行士):
食事もおもしろい。たいてい、フリースドライに水を加えて戻す。飲み物もそう。ペーストにしてスプーンで食べるとき、スプーンを急に動かすと食べ物だけ宙に残ったりする。ものによっては真空パックにすることもある。乾燥するものはやっかい。へたをすると粉が浮いて、息をしたら流れていく。

●[考察]
ゲル状のものなら無重力でも空中に散らばらないので、油絵具のように粘りのある画材なら無重力下でも筆でキャンバス(画用紙)に描くことは可能である。
●映像(シャトル船内の空中に浮かんでいるファックスで送られてきた書類)
●コメント(Nagel宇宙飛行士):
このように地上からファックスマシンを使って毎日書類(指示)が送られてくる。これを1ページずつ切って読みやすく整えるのがひと苦労だ。

●[考察]
空中に浮かんだ白い紙はそれ自体大変美しく、地上では見られない光景である。美術の一つの表現の可能性を感じさせる。また、地上と宇宙船との間でファックスマシンを使ったメイルアート(作品を送り合うアート)の可能性も考えられる。
●映像(宇宙から見た日没)
●コメント(Godwin宇宙飛行士):
日の出、日没が1日に16回見られる。とても美しい光景であった。時間の認識は、昼夜ではなく、自分に課せられたスケジュール(作業)の流れと、0からスターとしたカウント(時計)によって認識する。

●[考察]
宇宙飛行士の1日は秒刻みの生活で、自分に課せられたスケジュールを黙々とこなさなければならない。これはかなりストレスの多い仕事だと予想され、強い精神力と体力が必要だ。日課の中に運動は組み込まれているようだが、ストレス解消のために精神をリラックスさせリフレッシュさせる音楽や映像を組み合わせた芸術鑑賞の時間を組み込む必要がある。また、ミッション中アクセントになる食事の方法も工夫が必要だと思われる。たとえば、食事の内容は味覚的な部分だけでなく視覚的に美しいものへの変化が必要だし、食器や食事をとる場所への配慮も必要である。宇宙ステーションなどで滞在が長期化すればするほど、芸術の果たす役割が大きくなり重要である。
●関連コメント(Nagel宇宙飛行士):
シャトルでは日常生活にけっこう時間をとられる。キャンプをしている感じだ。

●映像(シベリアの景色、クウェートの火災、ニューヨークの夜景、宇宙から見えるオーロラなど)
●コメント(Nagel宇宙飛行士):
ヘッドフォンで好きな音楽を聴きながら窓の外の景色を眺めることがミッション中の最大の楽しみであった。1日に何度となく繰り返される日の出と日没、宇宙から見たオーロラ、ニューヨークの夜景など、地上では体験できない美しさがあり感動した。また、シベリア上空からはシベリア鉄道や街を線と点として眺めることができ、人間の造ったものとして認識できた。またクウェートの上空では、ちょうど湾岸戦争のころだったので、油田の火災の炎や煙も認識でき、環境への影響を心配した。

●[考察]
NASA宇宙飛行士来日記念講演会の中で、1回のミッションを約10分に集約したビデオを見せていただいた。この種のビデオは各ミッションごとに作られているという話だったので、これらのビデオテープを資料として請求する必要がある。研究者が宇宙での様子を熟知することが、より具体的で実現可能な提案を考察する力になる。
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4.2.4 将来の宇宙での芸術活動関連
(1)宇宙での新しい芸術文化 s.gif ●質問(芸術分野から):
宇宙で新しい文化や芸術が生まれる可能性について考えていること、今回の体験を通して思ったことを教えてほしい。
●回答(土井宇宙飛行士):
新しい文化が生まれてくるためには本当に大勢の人が宇宙へ行き、その人達から出てくる要求として絵画とか演劇が生まれてくるのではないかと思う。
今回の体験でいえば、服のデザイン、食べ物、食べ方に関しても宇宙ではもっといいやり方があるだろうと感じたし、スポーツも形を変えなければならない。快適に住むための机やベッドの形等、日常生活に関することを考えると宇宙での新しいアイデアが出てきて日常生活に変化が生まれてくる。それに応じて演劇やダンスも地上では存在し得ない形の3次元空間を利用したものになってくるであろう。そういうところから徐々に宇宙における新しい文化が確実に生まれてくると思う。

●[考察]
我々にとってはあらゆるものが芸術となりうる可能性がある。しかし一般には既に芸術と認められているものを生み出すことが芸術的活動であると認識される。その認識の違いを埋める必要がある。そのためには以前からも要求しているが、まず我々が宇宙飛行士の宇宙での全活動を記録した映像を見る必要がある。次に、その中から、我々が興味を抱くしぐさであるとか道具などを選び、それがなぜ我々にとって興味深いのか、どうしてそれに芸術となりうる可能性を感じるのか説明する機会を持つのが有効であろう。
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(2)宇宙飛行士関連 s.gif ●質問(芸術分野から):
宇宙体験というものをできるだけたくさんの人に伝える際に、芸術活動あるいは映像など様々な形で共有していくことが可能だと思うが、今後、表現を専門とする芸術家、作家、音楽家等が宇宙に行くことについて可能だと考えるか。
●回答(土井宇宙飛行士):
勿論可能だと思う。自分の専門であることだけをやるのでよいのであれば、スペースシャトルに乗るための基本的な訓練だけで宇宙に行けるので、その人が健康であれば誰でも宇宙に行くことが可能。新しい見方や表現のできる人、芸術家、作家、音楽家等いろんな分野の人が宇宙に行って、自分の体験を作品にして皆さんに知ってもらうということは大切なことだと思う。

●[考察]
芸術家・音楽家・作家など表現を専門とする人の宇宙進出を期待したい。
●[考察]
「宇宙飛行士への芸術教育性」人文社会科学への理解のある宇宙飛行士を求めるのも重要であるが、さらに、宇宙飛行士が得た感動を表現できるよう、文章や詩(俳句を含む)による表現、造形による表現などの簡単な練習も訓練のメニューに取り入れるということは考えられないだろうか。
●[考察]
「宇宙飛行士の資質」今回のSTS-87を行った土井宇宙飛行士は、たまたま天体観測が趣味で絵を描くことが好きな人だったことは幸運だった。一方そのことを前提に提案できればまた別の活動を選択できたのではとも思う。具体的な提案をあれこれ考える際に、活動を行う宇宙飛行士の個人的な情報を得る必要性を感じた。できれば事前のインタビューするか、あるいは直接本人と打ち合わせができることが望ましい。
●[考察]
「宇宙飛行士の位置づけ」現在のところ、芸術家自身が宇宙にいけない以上、宇宙空間における芸術活動は当然ながら宇宙飛行士任せということになる。一方で宇宙飛行士は宇宙にいる間も帰還してからも特別な存在として一挙手一動世間の注目を浴びる。以上のことから我々にとっては宇宙飛行士そのものが芸術的活動の為の媒体であると考えたい。
●質問(一般聴衆から):
どのようにすれば宇宙飛行士になれるんですか?
●回答(Godwin飛行士):
宇宙飛行士は数千人の応募者の中から選ばれる。基本的には理工系の学位(博士)をもつ研究者で、チャレンジ精神を持ち、努力と忍耐力を持った者だけが特別なトレーニングを受けて宇宙飛行士になることができる。

●回答(Nagel宇宙飛行士):
理工系の学位(修士)を持ち、空軍などでジェット機の操縦に従事した経験を持つ者が、宇宙船のパイロットとしての特別な訓練を受けて宇宙飛行士になることができる。

●質問(一般聴衆から):
宇宙飛行士になるトレーニングは期間はどのくらいで、どんな内容ですか?
●回答(Godwin飛行士):
先ず、宇宙飛行士の募集に合格したら1年間の基本トレーニングを受け、その後本格的なトレーニングを2・3年、その後、スペースシャトルに乗るためのトレーニングを受けて乗組員になることができる。

●[考察]
現在の宇宙飛行士は大きく分けて、研究者とパイロット出身者に分けることができる。いずれの場合も理工系の学位を持っていることが条件のようである。今後は、芸術分野の研究に携わる者として、文化社会系の研究者やパイロットが宇宙飛行士になれる道が開かれることが必要である。
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(3)芸術的な活動を行う時間帯 s.gif ●[考察]
本来芸術的活動を行うには精神的にリラックスできる時間をもつことが必要だが、過密なスケジュールのなかでそんな時間を作っても当然のことながら、どこまでも仕事の一部となってしまう。もちろん、リラックスしながら仕事をこなすことは可能だが、こと感覚の微妙な変化を探る場合には、具体的な作業内容を依頼する際に、このことに留意する必要がある。たとえば寝る前の自由時間など緊張が解ける瞬間をねらうとか、とにかく義務感を取り払うような仕掛けが必要である。また、宇宙空間と地上との違いが見えるようにするには、地上においても宇宙飛行士が同じように芸術的活動を行う時間を設けるべきである。
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(4)教育効果および波及のための公開の必要性 s.gif ●[考察]
宇宙体験は映像・写真・宇宙飛行士の話だけでも地上の人々にインパクトを与える。とくに青少年に与える影響は大きい。絵画、造形などの試みを取り入れることによって、これらの教育効果をさらに高めることができる。美術教育に対する効果も絶大である。
●[考察]
誰でもJEMや宇宙ステーションでの生活、実験成果が利用できるよう、JEMの人文社会的利用法の研究の成果も、著作権・所有権の問題をクリアして、できるだけ公開するべきである。これは教育に利用するためにも必要なことである。
●[考察]
「芸術」概念についての一般とのずれを埋める努力をしなければならない。どうしたらいいか? あらゆるものが芸術になりうることを実際に示してもらったらいいのではないか?
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4.2.5 回答が得られなかった事項及び追加質問
その他の質問











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会見では、時間の都合上、あらかじめ提出していた質問事項のうち、いくつかの重要な項目について回答してもらえなかったのは残念であった。とりわけ、以下の点について回答を要望する。

スケール感覚の変容について
宇宙空間の広がりというのは、実際にはどのような感覚なのか。心理学の実験で完全暗室で光点をマックスウェル視で提示すると眼は無限遠に光点を見ることになるが、主観的にはl〜2メートル先くらいに光点があるように感じる。従って、刺激となる物体が少なく、ほとんどが遠くにある宇宙空間の場合、かえって空間的な広がりが実感しにくいという予測もできる。またこれと関連して、船外活動をした時に、宇宙空間で自分の身体の大きさをどのように感じたか? それは何に基づいた感覚的大きさと思われるか?

メッセージボードについて
「宇宙をめざせ」と書かれたメッセージボードの素材、文字を書いた材料と用具、またいつ書いたかについて知りたい。土井飛行士はEVAの際にボードを持って出て、ビデオカメラに向かってかざすつもりだったようだが、ここには、船外における芸術的パフォーマンスを展開していく手がかりが潜んでいるように思う。また、ボードをなんらかの表現素材として利用することも考えられる。絵画実験をここに関連づけることもできたはずだ。今後何か造形実験を行う場合も、それだけで閉じた単独実験とするのではなく、あらゆる機会を捉えて、芸術表現の連鎖的展開の可能性を探りたいのである。

私物について
今回、土井飛行士はサッカーボールやカメラなどさまざまな私物を宇宙へ持参し、また地上へ持ち帰った。これらの事物には、いったいどのようなものがあるのか。プライヴェートな領域なので、回答が困難であることは承知のうえで、それらの項目や持参目的を知りたいと思う。というのも、地上・宇宙・地上と旅したこれらの事物のあり方にも、宇宙への芸術的アプローチの鍵が潜んでいるからだ。

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