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JEMの人文社会的利用に係わる調査研究
研究体制についての提案*

「宇宙への芸術的アプローチ」研究グループ(AAS)

1998年10月18日

 

平成8、9年度における本委託研究は、JEMの利用可能性を、自然科学・工学分野以外の人文科学や芸術領域にはじめて開いたというだけでなく、宇宙時代における人間とその文明のあり方を問う端緒を開いたという意味で、画期的なものでした。しかし、なにぶんはじめての研究ゆえ、平成9年度報告書(*2)の末尾にもありますように、「人文社会的利用」というときの具体的かつ有効な分野と課題の策定や、研究の枠組みをなす長期研究計画が不確定なまま進められたことは否めません。JEM打上げのための準備は着々と進展をみせているのに、今年度以降の研究計画が白紙状態にあるという現状は、きわめて憂慮すべき事態であるといえます。
昨年度、土井宇宙飛行士による絵画実験を行い、本研究の意義と可能性を真摯に受け止めたわれわれとしましては、本受託研究の出発点に立ち帰ってその絶大な意義を改めて認識し、長期的な研究の枠組みを組み立てたうえで、本研究が続行されることを強く望むものです。
そこでまことに僭越ながら、下記のように研究体制の再考および再構築を提案させていただきます。
どうかよろしくご検討くださいますよう、お願い申し上げます。

[1]出発点の再確認:
当初の埴原先生の問題提起にもありましたように、JEMの人文社会的利用というかつてない理念そのものに、科学文明のあり方を根本的に問い直す契機が秘められています。この問い直しは、地上における人間存在のあり方、およびそれと不可分な芸術のあり方にも深くつながっています。当然、「宇宙への芸術的アプローチ」は、従来の芸術観や芸術形態を反省しつつ、それを越えて展開されねばなりません。これが出発点でした。

[2]これまでの研究体制の反省:
過去2年間の「芸術」「哲学」「考古学」の三分野並列の体制は、主に次の点で不十分でした。
(1) 芸術という分野の特殊性の誤認:
芸術分野は、他の人文系学問のように言葉だけでは成立せず、かならず具体的な行為やその成果を伴います。それゆえ、本研究においても、意義や方法についてさまざまな実験と考察を行い、それをふまえながら実現可能なプロジェクトを構築していくのでなければ、芸術研究の名に値しません。実際の芸術計画の作成に必要な情報や素材がきわめて不十分にしか提供されなかったのも、この点が誤認されていたためと思われます。
(2) NASDA側との意志疎通の問題:
他の人文社会系分野にとっては現体制で問題はないと思われますが、芸術分野の実験では、昨年度の研究により、宇宙飛行士を含む現場とのできるだけダイレクトなコミュニケーションが重要であることが判明しました。しかし、NASDA側がお持ちの芸術観は、気晴らしやストレス解消といった従来の狭い視野に限定され、われわれとのあいだに認識の差があることも明らかになりました。われわれにとって土井飛行士の描画実験は、芸術ではなく、今後展開していくべき計画のあくまで不十分な予備実験にすぎません。今後の有効な芸術研究のためには、われわれとNASDA側とのより直接的な意志疎通が不可欠です。
(3)基礎研究の不足:
『報告書』第5章にもありますように、宇宙時代の人生観や世界観といった根本間題の検討は開始されましたが、人間に係わるより具体的な諸問題、すなわち宇宙空間における人間の知覚や記憶、感情の変化、また言語や概念的認識、さらに人間関係の変化といった問題が手つかずでした。また、教育や啓蒙活動などを通じての地上へのフィードバックのあり方についても具体的な検討がなされませんでした。しかしこれらの基礎研究が欠けては、JEMの人文社会的利用は真に実現されえません。

[3] 研究計画の枠組:
以上をふまえて、次のような研究体制の枠組の策定を提案します。
(1)長期研究計画の策定:
『報告書』第5章3節に述べられているように、本研究は短期の断続的研究の集積では意味をなしません。真に有効な研究とするためには、個々の成果の蓄積とそこからの持続的展開が不可欠であり、そのためには、単年度ごとの受託研究という枠組みを見直し、少なくとも平成12年までを対象期間とした長期研究計画を作成することが必要だと考えます。
(2)立体的かつ有機的な研究体制の確立:
上に述べましたように、実践的な芸術分野は、より思弁的・分析的な他の人文社会分野と同じ次元には存在しません。JEMの人文社会的利用のための研究全体は、上記の(2)−3であげたような諸課題を追求する哲学・心理学・社会学などの基礎研究を第一基盤とし、それらの研究成果との有機的な関連の中で、芸術的な研究と実験が遂行されるという、立体的な体制がふさわしいと考えます。
(3)芸術研究・計画の位置:
芸術研究・計画は、むろんそれ自身の固有の領域を有していますが、同時にもろもろの基礎研究の成果を具体化し、また宇宙での諸活動とその意義を地上の一般社会に媒介するという役割をもっています。それは宇宙開発を人間的なものにし、また人間の認識を宇宙へと媒介します。
研究体制を簡単に図式化すると下記のようになります。いうまでもなく、各研究領域のあいだにヒエラルキーは存在せず、それぞれの有機的関連と相互作用が存在することが重要です。

 

research_schema1998.gif■研究体制イメージ図

*1. 本提案書は、AAS1997年度研究報告書における「今後の検討事項」をふまえて作成・提出された。

*2. 「報告書」=財団法人・国際高等研究所『1997年度宇宙開発事業団委託事業成果報告書』1998年3月発行

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