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向井千秋飛行士1999[1]
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1999年11月8日
NASDA本社第5会議室(港区浜松町、世界貿易センタービル)

参加者(敬称略、肩書きは開催当時のもの
宇宙飛行士:向井千秋
宇宙開発事業団(NASDA):井口洋夫(宇宙環境利用研究システム長)、清水順一郎(宇宙環境利用研究センター長)、荒木秀二(宇宙環境利用研究センター副主任開発部員)
有識者:埴原和郎(国際日本文化研究センター名誉教授、自然人類学)、佐藤文隆(京都大学/宇宙物理学)、
岡田益吉( 筑波大学名誉教授/発生生物学)、正木 晃(白鳳女子短期大学・哲学/宗教学)
東京芸大:米林雄一、坂口寛敏、尾登誠一、宮永美知代
京都芸大:福嶋敬恭,野村仁,池上俊郎,藤原隆男、松井紫朗、中原浩大、栗本夏樹、井上明彦、中川 真

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井口:国際高等研究所と宇宙開発事業団との共同研究的なかたちで進めております「JEMの人文社会的利用法の調査研究」もすでに三年を経過しております。私たち宇宙開発事業団の大半が理科系の出身のものですから、いろいろと試行錯誤を重ねてまいりました。前回は7月22日に開かせていただき、美術、哲学、民族学、国際政治学といろんな分野で指導的立場の方のお話をお聞きしました。その結果として具体的な研究はまず美術の方からスタートさせていただこうと考えております。その他の分野、哲学、民族学、国際政治学等については調査研究の聞き取り調査を中心にやらせていただこうと思っております。
国際高等研究所の方からもご意見をいただいたのですが、宇宙を実際に体験された方の話が聞ければそれに越したことはないということで、今回、宇宙飛行士の向井千秋さんに非常に忙しいところを来ていただきました。今日は全体で二十名ばかりの多種多彩な方々が参加されているインフォーマルな会ですので、どうぞよろしくお願いいたします。
最初、宇宙開発事業団の清水さんに十分ばかり宇宙環境利用の全体像を説明していただいてから、向井さんにお話をお願いしようと思っております。その前にまず顧問団の方からご紹介しなければいけません。埴原先生、顧問団の長老として(笑)一言お願いいたします。

埴原:埴原でございます。以前には国際高等研におりまして、ちょうどそのときにNASDAからのお話がありました。私の専門は人類進化で、人文学とは全く関係がないのですが、芸術関係の先生方に、JEMの利用について芸術はいかがでございましょうかと申し上げたところ、私もびっくりするくらいに大変共感してくださいました。今お話をうかがいますと、来年から芸術関係の本格的な研究が始まるそうで、私の小さな夢がみなさんご専門家の方々に具体化していただける状況になっていることを大変嬉しく思っております。高等研でこういうことができるようになったのも、大変喜ばしいと思っております。どうぞ皆様よろしくお願いいたします。

佐藤:京都大学の物理の佐藤と申します。私の専門は宇宙物理学で、近いと言えば近い、だけど視点がずいぶん違います(笑)。私はいろいろ興味が発散型で、こんなところで宣伝してはあれですが、今月、『火星の夕焼けはなぜ青い』という私の本が出ることになっています。最近は、地球上でもいろんな風景の見え方、色の見え方ということにすごく個人的に興味を持っていまして、このたびのお話も、人間というものを宇宙の中に置いたらどうなるかということで、非常に関心を持っております。

岡田:岡田でございます。私は筑波大を定年で辞めまして、今は名誉教授になっております。専門は発生生物学で、芸術にも宇宙にもほとんど直接の関係はないところですが、たまたま高等研の企画委員ということをやっていることがあって、井口先生が顧問団の一員に加われとおっしゃったのだと思います。全くの門外漢なのにお引き受けしました理由ですが、昔、私は昆虫少年で、その前は実は宇宙少年でありました。一時期は大きくなったら天文学者になりたいと思ったこともあります。その気持ちがずーっと今までどこかに残っておりまして、宇宙というと何か心が騒ぐということがあります。こういう気持ちを持っている人は結構たくさんおられるようです。専門的には全く宇宙に関係ない人でも、もしも自分が宇宙に出たら自分は何を思うだろう、とか、宇宙はどうなっているのだろう、というようなことが気掛かりな人は周りにも大勢おられます。私はその中の一人でありまして、実際に宇宙に出た経験をお持ちの向井さんのお話を今日は楽しみにしております。どうぞよろしくお願いいたします。

井口:ありがとうございました。次に清水さんに宇宙環境利用研究の現状についてお話いただきます。

清水:宇宙開発事業団の清水でございます。井口先生のお手伝いをさせていただいています。せっかく貴重な時間をあとの議論の方に使いたいと思いますので、ごく簡単にポイントだけご紹介させていただきます。
まず、宇宙ステーション計画の現状、次に宇宙環境利用の意義とNASDAの目標。三番目として今の人文社会的利用における調査研究のポイントであります。それからもう一つ、宇宙ステーションから得られる情報ということで、これは私共が芸術の分野の先生方にどういう情報を提供できるか、そういう情報をどういうふうに料理して将来につなげていくことができるか、という問題になるわけです。

まず宇宙ステーション計画ですけれども、この計画自体が1980年代の半ばからスタートしております。いろいろ紆余曲折があって、重量が400トンくらい、長さ100メートル×75メートルくらいの、巨大な人類初の宇宙構造体を五十回くらいのスペースシャトルのフライトで宇宙に上げようという壮大なものです。いろいろな技術上の問題が過去にも出てまいりましたし、今後も想定されるわけですが、その過程で十年来いろいろな計画変更がありました。最もドラスティックな計画変更は、1995年に、冷戦構造の後でロシアがこの計画に加わるというものでした。
これは宇宙ステーションを分解して、どのくらいの国が加わっているかを色で表わしたもので、この黄色の部分がアメリカの分担分です。ヨーロッパの十何ヶ国はまとめていますけど、ブルーがカナダ、グレーがイタリア、オレンジ色がブラジル。パーセンテージで表すのは難しいんですけど、アメリカがおよそ75%、この部分がロシアで、1995年以降加わった部分です。具体的にはミールが宇宙空間を飛んでいます。ミールはもう運用を終えて人が居住していない状態で、何年か以内に地上に分割して落とそうという計画ですが、ソ連及びロシアが十年以上にわたって積み上げた有人技術の蓄積を宇宙ステーション計画にフィードインして、リスクを可能な限り軽減しようという目的でロシアが加わっています。
日本の部分はここです。JEMと呼んでいます。今年の初めに「きぼう」という名前が付きました。日本のモジュールは2003年から2004年くらいに軌道上で使えるような状態になるということで、開発が進められております。これはロシアから打ち上げられた「ザーリャ」(日の出)という名前のモジュール、それからアメリカのいわゆるドッキングコートに対応するモジュールがあって、現在軌道上を周回しています。来年(2000年)の1月に、ロシアのサービスモジュールが三番目のフライトで上がると、その時点から、人が宇宙空間に居住できる状態になります。
今、向井さんがここにいらっしゃるわけですが、すでに五人の宇宙飛行士が日本人宇宙飛行士として選ばれております。ご承知の通り、毛利、向井、土井、若田の四人の人たちがもうすでに飛んで、向井さんは二回目、三回目も飛びたいということで、後で話をゆっくり伺います(笑)。毛利さんも、来年の1月の中頃に二回目のフライトをする予定で、それぞれ活躍しているわけです。

それでは次に宇宙開発事業団の目標は何かということです。すでに何回かみなさんにお話している部分もあると思いますが、国の目標として五点あります。
まず新たな科学的知見の創造、これは重要な法則性や規則性の発見につながるような、いわゆるサイエンティフィックな研究をやろうということです。これはわれわれの従来のアプローチで、物理や化学その他の分野の方々にも加わっていただいて、今いろいろ研究を進めているところであります。宇宙環境の利用が引き金になって、いろいろな地上の研究分野、例えばライフ・サイエンスの分野ですと――これは岡田先生にあとで必要ならコメントを頂きたいのですが――生命の発生なり進化なり、地上の1Gの環境で出てきたいろいろな生命現象に対して、地球というのはどういう環境なのか、逆に地球の外に出て生命の発生のプロセスを見極めると同時に、地球の環境が必要な環境であることを再評価・再認識するような、そういう方向での新たな視点が分子生物学とか放射線生物学とかに出てきています。
二番目として、社会の発展や生活の向上に役立つ研究開発をやろうじゃないかと。これは現に例えば気象衛星なり通信衛星なり放送衛星なり、そういう形で民間利用が働いているわけですが、そういう利用に向けての技術開発をやっていこうじゃないかというものです。宇宙環境利用というのは、今は科学的なことにフォーカスしていますが、将来はいわゆる民間の自律的な利用で支えられないと続かないだろう。例えば、宇宙の環境を利用してモノを作り、それがコスト的にもペイして地上でも使えるものを生産する宇宙工場みたいなものも将来あるかもしれないけれども、そういうのも自律的に行かないと進まない。そういう方面にも貢献できるように事業団としてやっていこうということで、これは応用化研究とクロスしています。
それから三番目は、技術開発そのものです。宇宙技術そのものは、ある意味でいろいろな地上の技術開発をプロモートする一つの要因になるわけです。で、宇宙ステーション自体が非常に壮大な技術開発で、日本の分担分の有人モジュールを作ること自体、技術開発の塊みたいなものが含まれるわけです。物を作ると、ハード的ソフト的な両面の視点からいろいろな開発要素が含まれてきて、それを実際に運用すること自体が非常に大きな開発要素になるわけです。そういう諸々の開発なり経験が今度は地上にフィードバックされるなり、それが牽引力となって新しい技術開発が行われたり、そういうことを結果としてめざしたいというのが三番目であります。
四番目として人類の活動領域の拡大。これは、十年ないし十五年くらい恒常的に宇宙ステーションを運用したいとしているわけですけれども、言ってみれば本格的に非常に多くの宇宙飛行士――宇宙ステーションは正常には最大7人、スペースシャトルが行く二週間くらいのあいだはさらにプラス7人くらい――が宇宙空間に滞在できるような状況になるわけです。それをさらに発展させて、人類の活動領域を宇宙に拡大したい。それに対していろいろな課題が出てくるわけであります。
それから五番目として、ちょっと定義が難しいのですが、国の目標としてセットされた「活力ある社会の実現」ということがあります。これは、宇宙開発なり宇宙環境利用が、科学技術だけではなくいろいろな視点で活用される。その中には人文社会的なものも入ってくるだろうし、地球環境の保全だとか種々の問題が入ってくるわけですけれども、こういう広汎な目標が一応国のレベルでセットされています。ここ当面、十年くらいの話です。この目標は状況の進展に応じて当然変わっていくものだと思いますけど、こういう国の目標を受けて事業団としては何を考えてきたかということです。

それで四番目・五番目が人文社会系の話に基本的にはなっていくわけです。一、二、三番目というのは、事業団や日本のエンジニアのサイエンティフィックなコミュニティが従来やってきたことなので、やること自体そんな大きな問題はおそらくありません。ただお金と目標設定ができるかというのは問題ですが。ところが四番五番になると、大変難しくなってよくわからなくなるわけです。そもそも宇宙環境利用をどんな観点でやっていくんだろうか、人間が宇宙に出て行くこと自体、哲学的、人文社会学的にどういう意義があるんだろうか、そういういろいろな考察がなされなければいけない。その中で芸術もあり、人文社会学もあり、哲学もあり、宗教もあり、いろいろな活動の要素が地上との連携のもとに出てくるだろう。その最後のキーワードというのは、やっぱり地球はどうなのかということ――例えば、百年レンジで見た場合に、例えば地球に何らかの危機があった場合に、地球全体の人口が宇宙に脱出できるかというとそうではないわけで、やはり地球を守っていかなければいけないという視点が中心になった上で、いろいろな要素が加わっていくのだと理解しています。これは、まさにこの研究会のような場で出てきたものが現実につながっていくことが期待される分野だと思います。
こういう目標に取り組むにあたって、やっぱり事業団の中にそういう専門がいないこともあわせて、日本全体のそれぞれの専門の方に加わっていただいて、世界的にも広げて行かなければいけない。そういうことをやる際に、われわれが提供できるユニークな情報というのは何だろうか。そういう視点で考えると、まず画像の情報。これは後で向井さんからもっと詳しく話が出ると思います。現時点で、スペースシャトルの打ち上げ等で画像がNASAテレビというチャンネルのもとに24時間来ているわけですけれども、今後こういう画像提供をもっとシステマティックに、しかもハイビジョンの画像でやっていく計画を今考えています。例えば立体的な画像を送ると、そういうものを後から三次元で画像構成できるような、そういうことも将来的には可能だろうと。リアルタイム的にやることもおそらく可能になるだろうと思います。そういうリアルタイム的な画像情報を介して、インタラクティブにいろいろな情報のやり取りが行えるような状況になれば、価値がさらに膨らむだろうと考えます。

まず入口は、来年(2000年)2月に打ち上げられるロシアのサービスモジュールに搭載することを前提に、来年の12月、ハイビジョンカメラを日本として打ち上げます。そういう中で、いろいろな放送がまず一年くらい試行錯誤的に情報が降りてくるだろう。向井さんが行かれた際もNHKの協力でスペースシャトルの情報がたくさん撮られています。宇宙ステーションの時代になり、日本のモジュールが打ち上がったときには、船内及び船外で情報が撮れるようなハイビジョンの活動系を考えたいと。当然画像の中には音声が含まれていますから、画像プラス音声情報を地上に降ろす、地上からも何か要求があれば情報を送る、将来的にはそういうインタラクティブな経路を考えていきたいと思っています。情報の中にどんなものがあるかですが、船内空間の中の宇宙飛行士のいろいろな活動、もう一つは宇宙での生活環境はどうなのかという情報、それから宇宙ステーションから見た宇宙・地球、宇宙ステーション全体の様子、そういうものが情報として取得されるだろうということで、今そんな準備をしています。
こうしたことを前提に、先程言った目標の五番とか四番とかをやるにあたって、人文社会系統の領域としてどんなアプローチがあるのか、今までいろいろ検討されてきたわけです。その中で高等研との共同研究の中でも特に実績として芸術分野がかなり進んできたという状況があるので、来年からもし可能ならば次の段階の共同研究に進みたい。その場合に研究計画の叩き台を何らかのかたちで作る必要がある、そんなことを考えております。

井口:清水さん、ありがとうございました。もう一言付け加えますと、この10月3日に副委員長の五代さんがアムステルダムのIAFの大会で21世紀に向けての宇宙開発の意義として「宇宙文化の創造」という題で講演されました。宇宙開発事業団としても動き出したと理解しております。
さてそれでは、貴重な時間を割いてわれわれの研究のために参加してくださった、向井千秋さんの話をこれから聞かせてもらおうと思います。気楽に聞かせてもらいますので、どうぞ気楽な話をして下さい。それではお願いします。

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