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ヒューストン・インタビュー[1]
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s.gif2002年8月19日
宇宙開発事業団ヒューストン駐在員事務所、ヒューストン

参加者(敬称略)
宇宙飛行士:向井千秋、土井隆雄、若田光一、野口聡一
宇宙開発事業団(NASDA):横山哲朗(ヒューストン駐在員事務所所長)、荒木秀二
京都芸大:福嶋敬恭、野村仁、池上俊郎、藤原隆男、松井紫朗、井上明彦

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福嶋:あらためて少し簡単に、芸術についてわれわれが考えている位置をお話しておきたいと思います。一般的に「芸術」と呼ばれているものと、われわれがこれからやろうとしていることは、ちょっと違っているように思います。と言いますのは、例えばどなたも、美術といえば美術館や博物館へ行くと見られるものと考えている。隔離ではないんですが、昔は生活と密接していたものが、既成概念みたいなものがあって、美術はそういうものだということになっているところがありますね。僕はそれはもういいと思うんです。美術が既成概念化しないところ、一番もとになったのが何かというところでやりたいというのが、われわれの考えです。
どんな分野でもそうだと思うんですが、もともとは好奇心というものが何かを新しく造っていく原動力になると思うんですね。そういうなかで、芸術を特別な領域に置かないで引き寄せるためには、どういうことをしたらいいのか。われわれが若田さんや土井さんに言っていることは、一見非常に簡単というか幼稚な発想、例えば若田さんに、鯉のぼり揚げたらどうですか、なんて、言葉は非常に初歩的なんですが、われわれにとっては内容は深い。そういう意味では、人が普通にやっていてもなかなか気がつかないようなことをもっと掘り起こす必要があると感じます。
なぜそう思うかというと、例えば以前のインタビューで向井さんが、地球に帰還後、タクシーを降りるときに一時的に気流をものすごく感じて、タクシーから身体が乗り出して落ちそうになったと言われましたね。また、ペンが落ちるのが面白いので、何回も落としてみたと。これは向井さんが言うからすごいリアリティがあって、そういうことが改めて本当に大事なんだという実感があります。そういう部分を掘り下げることから出発しないと、美術の既成概念にがんじがらめになってしまい、創造なんて程遠い。要するに、向井さんが体験されたようなリアリティがあることをわれわれも共有する、それを自分の考え方の中に入れていきたいと思うわけです。
そこでは遊びの感覚というのも大事です。ふつう遊びはあまり重視されませんが、真剣になって遊ぶのはじつはとても難しいことです。しかしそういうことが一番新しいことに結びつく可能性がある。そのように考える人間がわれわれのチームに集まっています。ふだんはそれぞれ自分の芸術の仕事をしていますが、ここではいろいろなことをいっしょに提案しながら行なって、それをまた自分の中に取り込んで、表現の幅を広げようということでやっています。

荒木:抽象的な話ばかりしても、どういうことをやろうとしているのかなかなか見えてきませんので、具体的なことを。

福嶋:これは酒を造りたいという知り合いに頼まれて、銘柄とラベルのデザインをしたものです。酒の味も一応自分で見て、少し文句言いまして。

井上:銘柄は「千秋(ちあき)」ではないんですね(笑)。

向井:宇宙をイメージして作られた?

福嶋:これをなぜ出したかといいますと、平成七年か八年にNASDAとこういう研究の話が始まったんですね。その中で自分なりに展開していくときに、こんな方法があるんじゃないかなと。実はそれ、動かしてみますと地球が映っているんですね。どこに映っているかが問題なんですけど。この天体には水が多分ないと思いますので(笑)。

若田:これ、絵?

土井:これが地球かな。

福嶋:その月のように見える青いのが地球なんです。

向井:ふーん。ああ、ぐい飲みっていうか、この中に地球が映っているのを飲むということですね。

福嶋:それで、悪酔いしそうなので「酔仙境」と銘がついてるんです。

向井:「冠(かんむり)」っていうのですか?

福嶋:「冠」というのはね、僕、自分の仕事場がある若狭湾に冠島という島があるんですね。そういう土地柄なので、要するに中国の桃源郷と言われる、古い酔仙境があるところなんですね。この宇宙の仕事に関わったこともきっかけになって、実用というか、地元のものと何らかの形で結びついてできたわけです。浦島太郎伝説の所です。

若田:あれって若狭湾ですか?

福嶋:そうです。まあたくさんあるみたいですけど、若狭湾の浦島神社というところです。そこが一番本当だと言われてます。こういう酒は多分ないと思いますし、面白がられる。すいません、二本だけで申し訳ないです。

若田:じゃあ、両方とも向井さんに(笑)。

福嶋:食べ物ばかりで申し訳ないんですが、こちらの方は京都の干菓子です。砂糖を固めたようなものです。もちろん京都らしいということもあるんですが、自然そのものの形が切り取られている。似たようなものはほかにもあるでしょうが、京都のものは昔から結構洗練されていると思うんですね。例えばこういうものを若田さんが宇宙に持って行って他の宇宙飛行士に食べていただいたらどうだろう、なんて思ったりするわけです。もしもそんなことが可能なら、われわれが干菓子をデザインしたいなと。

若田:そうですね。

福嶋:お土産をあげるなんて、とんでもない話だと思うんですけど(笑)。

若田:いや私は、埼玉の地元の煎餅とか持って行きましたから(笑)。だから、そういうのも面白いですよね。

福嶋:こういう京都の干菓子は、長持ちがするということと、自然の形象にたくさんの種類があるんですね。これは日本人だけがそんなふうに思うのか、外国の人たちがそういう自然の形象をどう思われるのか、本当はそういう質問をしてみたいんです。それが自然観とか、人間にとっての自然とはどういうものかという問いにもなるんじゃないかと思いまして。そんな講釈を付けてお土産を渡すのも心苦しいですが(笑)。

向井:きれいですよねー。一つエピソードがあります。たまたま私が一回目のフライトをしたときに、菜の花の辛子和えというのもあったんです。ちょうど「あなたの家庭料理を宇宙食に加工して持って行きましょう」というキャンペーンをしていて、どなたかが菜の花の辛子和えを提案して、十品くらい選ばれたなかにそれも入って、宇宙に持って行って食べたんですね。それは本当の菜の花を辛子和えにしたよりは、色は少し褪せていたけれども、色と「菜の花」という言葉のキーワードがものすごくきれいでした。私、田舎育ちなので、宇宙でそういうものを食べたときに、味とか以上に、小さい頃に土手に菜の花が真黄色に咲いていて、ちょうど桃の花とかのピンクと黄色の組み合わせがすごくきれいだったんですね。そういえばあの頃、うちの母がよく菜の花を摘んで来ておひたしを作ってくれたなーと、そういうことを宇宙から思い出して、ああ、すごくいいなあと思いました。
だから、こういう干菓子というのは、その人が育った文化とか民族の環境がどうかはわからないけれども、これそのものがきれいだし、それが一つの鍵になって、その人の持っている思い出とかをわき立たせるところがありますね。私は外国の干菓子って見たことないんですけど、ヨーロッパに、アーモンドの粉をくねくねやって、可愛いブタみたいな小動物とか果物のかたちにしたものがありますよね。何て言いましたっけ、あの食べ物。ああいうのは見たことあります。だけどそれ以外の干菓子っていうのは、確かにあんまり見たことないですね。

福嶋:当然、ヨーロッパの人は動物とかがモチーフになるでしょうね。日本人だと、動物と言っても、せいぜい鮎とかそんなものですよね。四つの足が付いているお菓子を食べようっていう気をなかなか起こさないですね。

向井:あまりないですね。向こうはわりと小動物とか多いですね、果物とか。私が訓練していたときに、フランスのトゥールーズって場所へ行ったら、そこは菫が有名な所で、菫の砂糖漬けがありました。紫の小さい菫がありますよね、あれがそのまま砂糖漬けになっていて、それはすごくきれいなんですよ。ちょうど日本で言うと、桜湯。あれのフランス版なんですよね。だから、そういうことを楽しむ文化は確かにあるんだと思いますけど、やっぱり四季折々というのは、日本の方がありそうな感じがしますよね。
欧米と日本の違いっていうのは、日本の色合いは、すごく穏やかな色が多いんですね。こっちは色素の制限がないせいか、ものすごくどぎつい色が多いですよね。ここら辺のお菓子屋さんなんか、真っ赤っ赤。子供たち食べた後、舌が真っ赤だとか青だとか。日本だとそんな色の付いたの食べるのやめなさいというけれど、こっちは、そういうのないみたいですね。あと、中国のお菓子もこの干菓子に比べると色がどぎついですよね。

福嶋:そうですね。やっぱり日本は、昔から非常に自然を形式化する力がありますね。いいか悪いかは別にして、図式化するというか、そういう傾向がありますから、お菓子の中にもうまく自然の形象とか味まで込めていますよね。言葉と形象と味。われわれがやっている美術と干菓子の文化はちょっとちがいますが、そういうところまで踏み込んで考えてみたいなと思います。それで、この前新聞を見てたら、宗教学の山折先生がみなさんにされた質問の中に、あなたの「故郷」はどこですかというのがありましたね。

向井:必ずしも群馬県どこどこが故郷というのではなくて、匂いとかそういうものでもやっぱり「故郷」って作れるんじゃないかと思うんですよね。

福嶋:山折先生もやっぱり「故郷」とは心の居場所だって言われてました。結局は具体的なものではなくて、心が求める居場所のようなもの。その通りだと思いますね。

向井:そう思いますね。

若田:今、向井さんおっしゃられた幼時体験とか、自分の心の故郷がどこにあるかということは、人によって捉え方は違うと思うんですけど、例えば、日本人が何ヶ月も宇宙ステーションに滞在していて、京都ご出身の人だったら、この干菓子が輸送船で上がってきて、ドアを開いてみたら入っていたというときの感動っていうのは大きいものだと思いますよ。やっぱり、心の故郷とか幼時体験だけじゃなくて、誰が送ってくれたとか、例えばそれが本当に日本のロケットで打ち上がって来たとか、そういう過程への思いも強くなれば強くなるほど、もらったときのうれしさというのは大分変わってくるんじゃないかな。長期滞在した宇宙飛行士に聞くと、プログレスっていうロシアの宇宙船が入ってきたとき、ドアを開けた瞬間の生野菜の匂いっていうのが、みなさんやっぱりすごくうれしくって匂いを嗅ぐって言ってましたね。この干菓子も匂いするんですかね(笑)。そういう意味で、日本人が上がっているときには、やはり日本の物っていうのは心理的なサポートにもなるのかなという感じがしますね。

土井:故郷の話ですけども、私の場合は、生まれたのは東京ですけど、住んだことはなかったですね。子供のときから日本中をあちこち転々としてまして、自分の故郷はどこかと訊かれてもわからないんです。はっきり言えない。ただ宇宙に行って地球を見ると、「故郷は地球」っていう言葉を本当に実感しますね。真っ暗な宇宙の中で輝く地球は、もう本当に、それだけで十分かなっていう感じはしますね。

福嶋:この干菓子をわれわれがデザインするって言ったら、変な話になりますが、土井さんの話を聞くと、やっぱりデザインをして持って行ってもらうのもいいかなと(笑)。個人差はいろいろあるんですが、フォーマルにとらえたときに、やっぱり「地球が故郷」っていう言葉も当然出てくる。火星に行ったときとか、将来の話になりますが。

井上:特に食べ物って一番話題にしやすいものですよね。話のネタにすぐなって、コミュニケーションの媒体になる。特に若田さんとのお話のときもそうだったんですけど、やっぱり食べる時間と空間っていうのは、宇宙生活の中ですごく大事ということなので、そういったところに何か一つ僕らなりに貢献できないかと。やっぱりお茶とかお菓子とか、いわゆる主食じゃなくて少し二次的なものの中に、いろいろな可能性があるような気がするんです。さきほど福嶋先生が言われたように、一見すると、美術とこういうものは違うような感じですが、そういう既成概念から自由なかたちで僕たちは美術表現を捉えていきたいと思っているんです。

松井:やっぱり両方ありますね。今のはドメスティックな話で、僕らが言う芸術は今までの芸術とは違う部分があるのはたしかですが、もう一つ、芸術が本来持っている何かインターナショナルな部分、広がり、パワーの部分も僕らは探りたいっていう面があります。例えば、お菓子の話を個人的な体験とか日本人がどうのというレベルだけで表わすと、それだけの話ですけど、例えば、季節感というものを象徴化して、それをすごくシンプルで端的な形にトランスフォームする――そういうやり方っていうのは、個人や国を越えていくと思います。
例えば、向井さんが宇宙の個人的体験というものを言葉に変えて、端的な歌にすると、人の心の中に沁みわたる。とても複雑なことでも、それをすごくシンプルな言葉にする。日本語だとそうはいかないかもしれないけれど、そういう表現というものがもともと持っているパワーも、僕らは宇宙というものを扱うことで表わしたい。そういう二つの側面があると思うんですね。

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