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ヒューストン・インタビュー[4]
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土井:疑問は、宇宙で生活するためにはどちらがいいかということになりますよね。つまり、西洋的なもののとらえ方で、庭とか部屋とか、そういうものを持って宇宙に行くべきなのか、それとも、東洋的なものなのか。

井上:土井さんはどのようにお考えですか。

土井:僕はね、特にステーションみたいな小さな空間では、人間はいわゆる緊張した世界の中で生活しているわけだから、いわゆる東洋的なもの、もっと調和というかリラックスした、自由度が一つ増えたような、そういう文化や環境を持ちこまないと、人間というのはおそらくやっていけないと思いますね。

井上:毛利衛さんが今さかんにそういうアジア的な宇宙観みたいなものの大切さを訴えられていますね。

土井:それをどういうふうに宇宙ステーションで実現するかというと、今のところはちょっと難しいところがあるかもしれないですが。

福嶋:そういう視点で何とか宇宙をとらえようとしているのが、ここに書いてある「KOKOROプロジェクト」というものでして、それからわれわれの計画には他に「コスモス・プロジェクト」、「ダブル・ヒア・プロジェクト」というのがある。こちらはどちらかというと、今まで体験されたものの中から、われわれが知らなかったこと、興味があることの情報を集めて、それを活用していこうというもので、こうしてお話を聞いているのもそれですね。それをどこに結び付けていくかが大事で、「KOKOROプロジェクト」というのも、今言われたような文化を含めてアピールする。日本人をアピールする必要はなくて、共存とか協調とか、東洋のものの考え方を伝える方が大事じゃないかなと思うんですが、そういうものを作り出すために、いろいろな情報の収集がまず必要、というわけです。だから、両輪ですね。

松井:先ほどお話したように、僕らの具体的なターゲットは、「きぼう」の中で何かをやること。その場合、いろいろと地球と宇宙を関連付けることで宇宙を直観的に理解するような形はないか。宇宙をオブジェクト化して、手に触れられる一つのやり方がないかなと。
で、これは何かと言いますと、要するにただの筒なんですけど、これを――命懸けで船外活動していただいている方には失礼なんですけれども――船外活動のときにプシュッと栓を開けて、宇宙を詰めて、宇宙の一部を地球に持って帰ってくる。宇宙をつかまえて地球に持ち帰って来る。その宇宙というものを地球の人が手に触れる――この中に宇宙が入っているということで、手に触れることができる。地球を取り巻いている宇宙、それが今自分の手元にある。そういうことが、宇宙の中にある地球という視点を持つこと、そういう想像力を持つことを活性化するんじゃないか。これはそういう一つのプロジェクトなんです。(*参考
毛利さんにお話したときに、一つの問題点は、宇宙服を着ていると、詰めるという作業が大変だということを指摘していただきました。それでこれは、栓をできるだけワンタッチで開け閉めができるような弁、バルブを考えて作ったものです。栓の部分だけはこういう形で、全体の形状はできるだけこういうシンプルなもので、地上に持って帰ってから、こう蓋をするわけです。

野口:すごいじゃないですか。

向井:あの、哲学的っていうか、宇宙ってもともと空(くう)だから、入れるものはないんですよ。

野口:それが面白いところなんですよ。例えば甲子園に行って砂を持って帰るというと、いわばそこに行った証拠がものになるんですよね。宇宙は何もないから、だから帰ってくるのは空なんですよ。何もない状態を持って帰ってくる。宇宙はものとしての形がないから、それにあえてこういうもので形を手にすることで、目に見えるものに変えてやる。だからもちろん、中には何も入っていないわけですよ。ただプシュッと抜けて真空で、やっていることは地球の中のものを外へ捨てて帰ってくるだけ。だけど、そこで起こることは、宇宙空間の、EVAの間に起きたことをこの中に閉じ込めて帰ってくる。だから何もないものに形を与えて、目に見えるものにしようという。僕は非常に面白いと思って、これは好きだったんです。好きだったんだけど、これを今の状態でEVAの作業中に出すのは難しいなと思うんです。でもこのコンセプトはすごい気に入っています。最初は何かガラス瓶で開けてとか言っていたので、そういうのはかなり割れやすいとか扱いにくいし――

土井:これを真剣にやろうとすると、僕はすごく難しいと思います。というのは、宇宙の真空というのは非常にいいんですが、それを普通のシールでその状態のまま保とうとすると、本当にすごい超真空用のシールを何重にもするとか、すごい技術的に難しいかなーという気がしますね。まあ、でも真空が破れても破れなくても、それの場合はあまり変わりないんでしょうけど(笑)。

若田:でもそれをやっちゃうっていうことが大事なんですよね(笑)。

松井:バルブのところはいろいろ研究して、破損しないということで、東大阪の専門の会社に頼んだんですけど。

土井:十のマイナス9乗気圧とか十のマイナス10乗気圧とか、そのくらいの真空を保つシールを作れば、本物だと思いますね。ただ、本物か偽物かわからないというのが、問題ですが(笑)。

野口:開けて確かめましょう(笑)。

向井:でも、そういう物質的な話じゃないんでしょう。要は船外活動で開けて閉めて戻って来ればいいので、別に十のマイナス9乗とか10乗とかの真空じゃなくてもいいってことですよね。

福嶋:いいや、そうじゃないんです。なぜかと言うと、漏れるのわかっていると誰もしませんよね。それがリアリティの問題なんです。そこまで完璧にして、それがあるんだってことをやっている本人が思わない限り、本物にならないわけです。

松井:だからバルブは人類の技術を集めてベストのものを作って。

福嶋:正確かどうかは問題じゃなくて、リアリティを持たすために、相当のことをやっぱりしないと意味をなさない。だから、結果的に知らないで抜けたのはいいんです(笑)。

向井:難しいですよね。例えば甲子園にしても、どこか行った所の水を持ってくる。何しろ、何かあるものを持ってくるのが普通の考えですよね。これは逆で、何もないものを、何もないってことを証明するために持ってくるわけだから。ものってほとんど、あるものを証明するよりか、ないものを証明する方が難しいから。非常に難しいですよね。

野口:逆にそれができるのは、ある意味、宇宙に行かないとできないわけですよ。地上では、そういう真空空間は存在しないわけでしょう。だからこの作業ができるのは、宇宙空間のEVAしかないんですよ。

福嶋:だからこれは真空の意味だけじゃなくて、要するに「場」ですね。そこに行ってやらないとできないものっていうことです。

向井:真空にこだわらないんであれば、船外活動に出て行くときのミッドデッキのエアロックの辺りとかね、あの辺だって一応開けるわけだから。

野口:いやーそういう具体的な話になると。まさに若田さんご存知だと思いますけど、実際私、今訓練してみて、とにかくエアロックを閉めた瞬間に、外にあるものはすべて、塵一つに至るまで、サーティファイ(検証)されたものにならないと、外に出せないんで。そういうことまで考えると、これを実際に持って行くのは非常に大変だなと今思うんですけど。ただ、このコンセプトは本当に面白いかなと私は思っていて、なかなか、うまい方法はないものかなとずっと考えているんですけどね。例えば、今みたいにパーツが何種類もあるものだと、一つ一つがどういう状況になっているのか、バラバラにならないかとか――

松井:これは後から、地上ででも付けるものです。

野口:これは例えば、バルブが二つ形状になったときに、どういう状況でパーツが出てこないとか、あるいは一つ一つが宇宙空間にある意味で真空に晒されるわけですから。

若田:これを本当に宇宙に実際に持って行くことが決まったら、形状はだいぶ変わると思いますね。例えば、宇宙ステーションの中の空気の成分を調査するためのこんなタンクがあるんですね。それを持って行けばいいんですよ。その中に空気詰めて持って行って、バルブを開けちゃえば真空になっちゃうでしょ。それでバルブを閉めて帰ってくれば、それは真空なんです。ですから、そういうキャップである必要はなくて、バルブだけでいいかもしれないですね。それを閉じて帰ってくれば、それは真空を持って帰っているんだから。あとは実際に、野口さんが今言ったように、触って何百度にならないように、白い布で覆ってやんなきゃいけないとか。あと船外活動で、それだけだと飛んで行っちゃうので、必ずテザー(ひものようなもの)と留め金のようなものが必要でしょうけど。一番手っ取り早いのは、例えば私が今言いましたような、空気の成分調査用のタンクみたいなものを外に持って行って、オープンするというのが、一番手っ取り早いですね。この形状だと、技術的にはちょっと難しいと思います。でもコンセプトとしてはすごく面白い。逆なんですよね、無を持って帰るというのが。持って帰るんじゃないけど、無にして持って帰るから、気持ちがやっぱり大切なんじゃないかなと思います。

野口:たしかに、先生方がおっしゃるように、手に取れる宇宙っていうのは面白いですね。

土井:月まで行ってやると面白いかもしれない。月の真空度っていうのは、地上のどんな実験装置でも人類では到達できないから。そうすると、その中の真空っていうのは、人類が今まで到達したことのない真空ということになるんですよ。残念ながら、スペースシャトルからどんどんガスが出ているために、ちょっとまわりが汚染されているので、そんなにうまく行かないんだけど、それでも、人類が到達できない真空を持ってきたというだけでも、すごいと僕は思いますよ。それだけね、みんな拝みに来ますよ。触りに来ますよ(笑)。

松井:今日、僕は初めてジョンソン宇宙センターで月の石が触れるようになっていたことを知りました。そこに文章で、"You are touching now a part of the cosmos."とか、そういうふうに説明してあって。そのイメージの膨らまし方がね、ああやっぱりこういう考え方もあるんやと。

向井:でも、地球触っても一応、コスモス触っていることになるんですけどね(笑)。

松井:でもそれは、さっきの話じゃないですけど、宇宙から本当に帰った人だけが持てる感覚です。そういう感覚を、地上で日常的に暮らしている人が持てるようなオブジェクト、手に触れられるもの、感じられるようなものを作りたいと思うんです。

野口:それこそ、JEMの曝露部の材料庫に入れ込むという手もあるし、中からコマンドで何重にもテープでシールして持って帰ってくるという。

向井:難しいですね。やっぱり、もともと素材からオフガスが出るから、真空度も汚れてくるから。内面の素材自体も技術的にはすごい難しいですよ。

野村:あのこれは、今の宇宙の性質を、映像だけでなくて、現物で何とか性質を持って帰れないかという材料なんですが、これ実はシックスナインのガリウムなんです。これ融点が約30度。29.何度くらいで液状になります。冷蔵庫があるかどうか知らないんですが、そういうところに入れるとすっと固まって、そのままのかたちで地上に持って降りれる。今まで液体のものは全部映像となっては帰ってきているんですが、現物としては一切ないんです。
以前、向井さんとお話させてもらったときに、地球を見てきれいだけど、そんだけきれいなものがあるんだったら、宇宙船の中で美術作品というのはほとんど役に立たないんじゃないかという話をしたんですが。そのとき、いやそうじゃなくて、液状のものがいろいろ変化している状態というのは、自分としては結構楽しめるというような意味のことを言ってくださいました。じゃ、そういうことで何か実現できるものはないかというのが、一つの発想の原点だったんです。大きな装置というものなしで、そういう形状がそのまま地上に持って帰れないか。われわれが見る程度の本では、無害だというふうに書いてあります。融点も低い。そういう意味では、ヘアドライヤーで温めて、そのまま溶けて液状になった状態で、何か器に入れて、線状のものになじませてやる。といいますのも、真空の中で溶けた状態でそれだけ浮かすのは難しいし、濡れ性でひっついてしまう危険性がある。だから一応線があって、そこにある形状でくっついている。それを溶かしたら、そのまま無重力の状態がキープできて、それを冷して一丁上がりと。それを地上に持って帰れば――まあ線には留まっているんだけど――地上ではたぶん重いから垂れるけど、宇宙船の中では垂れないでその形状が保てるんじゃないか。そりゃ、線はない方がいいですけど。

土井:それは、完全な球形を作ろうという目的ではないのですか?

野村:ないです。宇宙船の中の性質が形状となって記録されて、地上でそれが見れるというものです。

若田:きっと、球に近いような形になることが期待されているんですね。

向井:球も面白いんですけど、私、よく実験なんかで超音波を使って――超音波のフィルムみたいのね――ああいうのでやっていると、超音波の当て方とか電磁波なんかの当て方で、これがぶよぶよと、球を例えばつぶしてお皿の格好にしてみたり、三つの花の格好にしてみたり、それは自由自在にできるんですよ。あれがすごく面白いなーと。だから本当は、できれば、今は金属とか流体力学の実験装置をそういうふうなもので作っているんですが、流体オブジェ作りの装置というものを作って、それでアーティスティックなものを作ったら、たぶん線なんか使う必要ないし、自分が伸ばして何かやるのと同じように、超音波なりを媒介にしてデフォルメができるわけですよ。それはすごく面白い機材になるんじゃないかなーと思うんですよ。そのまま固めて持って行ける。

土井:金属じゃなくて、例えば蝋みたいな、安全なものがいいですね。

野村:蝋の方が、逆に溶かすのに難しいんですよ。

荒木:実験デザインの問題で、本当に装置を作るんであれば、それはできると思いますよ。

向井:今使っているのは、ほとんど金属とか化学系の装置なんですが、そういう装置の中でアーティスティックに使える装置というのはあると思うんですね。特に金属関係のやつがね。

土井:逆にこういうのはどうだろう?手の上に乗っけて――手の上というのは、手とその液体との親和力によって広がり方が違ってくるわけだけど、それは機械を使うよりも、人間という存在も含めるわけで、その液体をそのまま固めて持ってくる――そっちの方が面白いという感じしますね。

野村:ふたつアプローチの仕方がありますよね。

向井:手のひらじゃなくても、濡れ性でいけばビロードの上に乗っけたりね。手のひらは油分がある。

土井:自分の手のひらがいいんだよね。材料をもう少し考えれば、すぐ持って行けそうな気がするんだけど。金属だと問題が結構ありそうだな。

野村:そうですか。蝋の方がいいんですか。

土井:蝋もちょっと問題ある。可燃性のものは駄目なんです。

若田:あと、冷蔵庫も基本的にないと考えた方がいいですね。ヘアドライヤーもないんですね。温度的にはこういうものの方がいいんでしょうけれど。やっぱり、無重力で何か造形ができるというのが必要なわけですよね。ですから、手でやると無重力が活きてこないかなと。

土井:いや、無重力は活きてくると思うよ。液体は重力のないところだと単に濡れ性だけで広がるから。

向井:でも、手でやると無重力よりも濡れ性が出ちゃいますよ。土井さんのアプローチは、人間とインターミッションの中で何ができるかという哲学的な話でね。それはすごく面白いんだけど、それとは違って技術的なアプローチだと、装置使ったほうが面白いものができると思うんですね。

若田:ただ、例えば、すでにある微生物の研究なんかの写真も、撮り方によってはすごく芸術的な作品になるんですね。すでに宇宙で行われているいろいろな流体実験とか、そういったものを題材にして、これと同じような現象がすでに撮れているものはたくさんあると思うんですね。それを芸術的にカムフラージュするとか、そういうことっていうのはお考えになられたんですか。

井上:ええ、やっています。今、NASDAの方にお願いして、これまでに撮られた映像をお借りして別な観点から見直してみようとしています。

荒木:あと流体関係のサイエンティストにもそういうことに興味のある人がいて、話を聞いてもらうというのは、まだこれから可能ですね。そうすれば、新しい違う観点が出てくるかもしれませんね。

向井:確かに流体っていうのは、無重力状態の記録をその中にとどめておくという意味では、やっぱり一番かなと思いますね。私、ガラス細工見るのが好きでして、よくガラス細工の中にバブル(泡)をいっぱいつめたものがありますよね。あういうふうにできるといいのでは。

(了)

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