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毛利 衛飛行士2001[1]
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2001年3月27日 
筑波宇宙センター

参加者(敬称略):
毛利衛宇宙飛行士
NASDA:吉冨進、荒木秀二
京都芸大:福嶋敬恭、野村仁、中原浩大、藤原隆男、井上明彦

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福嶋:こんなに早くお話できる機会をいただきまして、ありがとうございます。
すでにわれわれの研究についてはある程度ご存知だと思うんですが、毛利さんが言っておられる「新しい文化の創造」に、芸術の分野でも何とか貢献できないか、そうすれば、NASDAにとっても、われわれにとっても、非常に将来的に意義あることだということで、取り組んでいます。われわれも、向井さん、土井さん、若田さんとお会いしまして、宇宙環境の人文的な利用の必要性がだんだん明らかになってきている気がいたします。
毛利さんは、当初から新しい宇宙文化が必ず生まれるということをおっしゃっています。今日、毛利さんにお聞きしたいのは、宇宙環境がもつ広い意味での文化的な側面についてです。またそれに対してわれわれが芸術を通してどう取り組んでいくかについて、ご意見をおうかがいしたいと思います。宇宙といっても、ただ観念的に頭の中で考えているだけでは限界がありますし、実際に宇宙を体験された人のお話が一番リアリティがありますので、それをわれわれも共有して計画を組み立てていきたいと考えています。
僕は出席できなかったんですが、われわれのチームの井上が出席した先日の「第1回きぼう利用シンポジウム」*参考)では、社会の中で具体的に役に立つこと、経済的効果ということが非常にクローズアップされていたと聞きました。それに対してわれわれは、もっと本質的な次元、人間の存在を問い直すことがベースにならないといけないな、と感じました。宇宙環境というのは、人間が空気のないところで生活するわけですから、それこそ動物が海から上がってきたのと同じくらい、極端に人間というか生物の歴史を変えるような事態になりますね。そうするとやはり、人間存在の根本を問い続けて行くことが基本になっていないと、本当の意味で文化もできないし何もできないな、ということを考えました。
ちょっと前置が長くなったんですが、こうしたことは毛利さんもずっとおっしゃっていることだと思います。われわれの仕事というのは、人間の存在を問うこと、自分が何者かということに結局は尽きると思うんです。やはり元を問い続けて行くことを基本姿勢にして、そのうえで、われわれが具体的に何をするのかということを、今日はお話しできればと思います。

毛利:私は出席できませんでしたが、井上さんが出られた先日のシンポジウムは、WHYではなくてHOWということが中心になっていたということですね。

井上:はい。われわれが関わっている宇宙環境への芸術的アプローチということについて改めて申し上げますと、はじめお話をいただいた90年代半ば当時、宇宙環境の利用について、これまでのような科学技術分野一辺倒ではだめだ、新しい時代にふさわしい総合に向かわなければいけないということで、人文社会的利用が言われ、芸術分野のわれわれにも話がありました。芸術は、一般的に、社会とか技術とか科学とかとどこか切り離されて、特殊な領域という位置に甘んじていましたので、そういう総合の中に入っていきたいということで関わったんです。宇宙環境の人文社会的利用ということの根本的な出発点は、宇宙開発が科学技術の発展という目的だけではなく、なぜそれをするのか、そもそも宇宙に出て行くことの意義は何であるのかということを問うことであると認識しています。
ところがこの前のシンポジウムは、テーマが一応「宇宙文化の創造から宇宙ビジネスの展開まで」となっていたんですが、芸術や文化はあくまで何かサロン的な、エンターテイメント的なものとして扱われているだけで、すぐに宇宙の商業化利用の方に話が進みました。NASAでも今いろいろと進められていますよね。
でも、そこでちょっと僕は危惧を感じました。例えば科学の研究は、何かに役立つという目的のためだけにやるんじゃなくて、毛利さんがいつもおっしゃっているように、純粋な好奇心というか生命の内側から出てくるような知的感覚的な喜びがもとにあると思います。芸術もやはり同じように、自然を前にしたときの喜びとか驚きとかが出発点です。両者は兄弟のようなものだと思います。そういう純粋なところが先のシンポジウムにはほとんどありませんでした。宇宙飛行士に早く商品を宇宙に持って行ってもらって、テレビ画面で売ってもらうにはどのように制度を整備したらいいのか、というような話題が中心で、NASDAの方も若田さんも、いや宇宙飛行士にもいろいろ行動規約がありまして、といった辺りのことで対応されておられました(笑)。もちろん一大産業育成のために宇宙開発が利用されるべきだ、ということには僕らも異議はないんです。ただその手前の、地球観とか地上での価値観みたいなものを宇宙の視点から問い直すというふうな、そういう大きな哲学的な視点がないところで、商業的利用の話ばかりになると、地上四〇〇キロメートルの中空にまで地上の価値観をそのまま膨らませるだけで、何のパラダイムチェンジにもならず、意味がないという気がするんです。
僕らが人文社会的研究で意義があると思っているのは、今までの価値観を問い直したり、新しい価値観を探ったりという、ものの見方・考え方の転換にどれだけ貢献できるか、特に芸術に関わるわれわれの場合は、言葉で論じるだけではなく、やっぱり具体的で目に見えるもの、感覚できるものを通して問いかけることです。もともと芸術は、人間世界と人間を越えた世界の間にあって両者をつなぐ役割をずっと帯びていましたし、今もそうだと思うんです。科学の場合でも、すぐに役に立たないかもしれないけれども、純粋な知的探求として科学をやりたい人いますよね。しかし、宇宙環境利用の目的が商業化利用一本になってしまい、純粋な科学とか芸術という、すぐには役に立たないことが押しのけられてしまうとなると、これは危ないなと思ったんです。
そういうことに対して、毛利さんご自身は、「ユニバーソロジー」というモノの見方・考え方を提唱しておられますね。それで今日は、個人的には、宇宙環境利用においてそうしたモノの見方を伝えるためにアートに何が期待されるかといったことを中心に、いろんなアドバイスやお考えをお聞きしたいと思っています。

毛利:わかりました。非常によく理解できました。しかし本質的には、宇宙に行くためにはお金が必要なんですよ(笑)。税金だろうが、あるいは儲けたお金でも何でもいいんですが、組織としてはお金が必要です。国の組織としては、税金を使っていろんな波及があるということが、みんなに還元するということですよね。そのためには、NASDAの組織を存続することが必要です。外側に文科省、NASDA、それからNASDAの下にはいろいろな企業がありますよね。最終的には一番自分に身近な活動をしている人に対してパイを与えるというのが本質的です。そのシンポジウムが、大義名分によるオブラートで包んで「文化」と言っているかもしれませんが、ちょっと制度と関係ない、遠くから来た人にはそう見えるのが当然だと思います。いいとか悪いとか言うのではなくて。そういう前提に立って、ではどれだけ長いスパンでわれわれは社会に還元できるのか?、ということです。
そういう諸々を全部考えたときに、先ほどおっしゃっている「なぜ宇宙開発か」という問いは、おそらくNASAやNASDAの人にとってはどうでもいいんですよ。それが組織として存続するためのものだったら、「なぜ」ということにも意義があるんですが。

井上:なるほど。よくわかります。

毛利:それは文科省も同じですね。そういう組織の立場で見ると、人間の存在が何であるのかということを追究するために、宇宙開発の中のどれだけのお金が使えるかということですよ。そのためには、できるだけ国民にその立場を理解してもらう必要があるでしょう。
本質的なところは、どこなんでしょうね。私は自分の考え方を持っています。宇宙開発の20年先のことを考えてみると、コマーシャリゼーション的なものはショートスパンです。今何か一生懸命、商業化、商業化だと言ってますけど、NASAは最初、宇宙ステーションで映画を作るかもしれませんよ、二本くらいね。そのうち一本がヒットするかもしれません。それを呼込むのに、またすごいお金使うと思うんですね。そういう全体の効率を考えたときに、おそらくNASAと同じやり方はしない方が、日本全体としては賢い税金の使い方なんじゃないかな、と私個人は思っています。
要するに、宇宙開発のバックグラウンドをきちんと理解しておいた方がいいと思いますね。もうNASAは自分のところの実験棟上がりましたから、これからは国としては手を抜くでしょう。それよりも火星ミッションの方に行きたいと思っていますからね。そのときに宇宙ステーションの日本の持ち分は12.8%。

井上:そうですね、そういう数字を聞きました。

毛利:ですから、アメリカが今まで負担してきたものを日本に負担させて、ということが国としてはあります。そのときに日本は、国のお金をそれだけ使ってるんだから、日本の社会に還元するためには何が必要かという戦略を考えないといけないと思います。そこをきちっと考えてのシンポジウムではなかったような気がしますね。

井上:しかし、宇宙開発委員会の五代富文さんのお話では、そもそも人文社会的利用というものが日本独自であると述べられていますし、宇宙飛行士のバックグラウンドもアメリカとは非常に違うと強調されています。日本独自の宇宙環境への取り組み方が考えられている最中だという印象を僕は受けたのですが。

毛利:五代さんに関してはそうです。以前私がSTS-47ミッションの前に筑波で話をしたとき、日本の宇宙開発はこれから文科系の人を中心にするべきだというのが彼の考えのようでした。NASAはもう典型的に科学技術のセンスのある技術者中心、アストロノートも技術者ですね。とにかく地上の人の意図の通りに動ける人が宇宙飛行士と呼ばれてます。それに対して日本の場合、一番最初のスタートがジャーナリストの秋山さんでしたね。すごく面白い方で始まったんです。

井上:なるほど。

毛利:宇宙飛行士としては我々が最初なんですが、ひょんなことから秋山さんに役目が回っちゃったんですね。あれはすごくユニークだったと思うんです。世界中どこもやっていないことをやったわけですから。ただ国として支援しなかったので、あまりそのことをアピールしてませんが、TBSという一つの会社の人だったので、それはそれなりに日本のユニーク性が出たと思います。
私自身の考え方は、『NHK人間講座』のテキストにもある程度わかりやすく書いていますが、それは宇宙開発全体を多くの人に理解していただくためのものです。でも今日は、みなさんは芸術家の人たちですから、強調すべきところは強調してお話したいと思っています。

井上:そうしていただけると、とてもありがたいです。

毛利:みなさんにとって大事なことは、このプロジェクトを学問的な興味でやっているのか、あるいは自分を表現するためにやっているのか、プライオリティを決めることが必要と思います。もしも京都市立芸術大学がNASDAと、あるいは国家的な事業と結びついたために評価される、大学が評価される、自分の学科が評価される、従って自分も評価されるという発想、最終的に求めているのはそこなのか。それとも、本当にこの宇宙を舞台にして自分を表現するために彫刻をしたいのか。それぞれ少しずつあると思うんですね。ですが、プライオリティをきちっと決めることがまず一番大事だと思いますね。
なぜかと言うと、我々は訓練を通して、いつも余裕なく最終的にはギリギリのところで行動します。瞬間的に危機に陥ってどうしようもなくなったときに、習慣的に何を犠牲にするのか、プライオリティ、とまず考えるんですね。宇宙飛行士とかを見ていると、そのプライオリティを決めるときに、その人の能力が最大限発揮できる部分でやった方がいいわけです。それからセンサーについても、組織でマニュアルに従っていればいいところはあまり考える必要がありませんが、死ぬか生きるか、個人の判断が最終的に瞬間的に問われるときには、自分のセンサーが一番鋭い部分で判断するのがいいわけです。それは芸術の人もそうだと思います。自分の仕事を一番よくするためには、このミッション、このプロジェクトが、自分にとって何のためにあるのかということをはっきりさせることが大事です。
私自身は、こちらにポジションが変わったのは、もちろん宇宙飛行士として、あるいはここの招聘研究員として貢献することと同時に、自分の中でもちょっと面白いことがあるんですよ。何というか、常識を超えた、これまでとちがう意識。そういう個人の経験から出た意識が大きくなったときに、ある社会の中で一定数以上の人がそういう意識を持ち始める。そうするとガラッと大きく社会全体の意識が変わることがある。さっきおっしゃった「パラダイムチェンジ」ですね。日本科学未来館の館長を引き受けたのも、その大きなパラダイムの流れの一つで貢献したいということがありました。ちなみに今お話したのは、今日の『人間講座』で話したことです。今日が最終回だったんですよ(笑)。宇宙ばかりじゃなくて、科学技術全体の日本社会における一つのパラダイムチェンジが今必要なんじゃないかなと思っています。
それで今日は、具体的にみなさんが聞きたいことにできるかぎり答えたいと思っています。

井上:ありがとうございます。自分の動物的な直観に立ち返って考えた方がいいという今のお話は、ものすごくよくわかります。毛利さんのそのようなご発言もよくお聞きします。我々は、どちらかというと、古い魔術的世界を引きずっているようなタイプの人間ばかりかもしれません。組織がどうとか学問がどうとかいう大義名分よりも、自分の中にある動物的な次元で面白かったら勝手に体が動いてそっちの方に行ってしまうタイプの人間。ですから、ステイタスを上げたいということより、すごく動物的な好奇心が僕らを突き動かしています。むしろ、この単純な衝動にこそ大事なものがあると僕らは考えていて、そういう人間の純粋な好奇心に立ち返っていろいろなことをやり直していくべきではないかと考えています。そういう人間の原点のようなことを伝えるために、宇宙環境を利用して何かできないか、というところがわれわれメンバーの中で共有している部分です。ですから、今までの芸術の考え方とか彫刻とか、そういう形を越えて、また個人という立場も超えて、違う形のコミュニケーションのあり方を探りたいというふうにみんな思って参加してます。我々自身も、今、何かいろいろなものが変わりつつあるということを実感しておりまして、いろいろアドバイスをいただけたらと思います。

毛利:私の方も、みなさんいろいろすばらしいセンサーを持っていらっしゃるので、ぜひいろいろ吸収したいと思っています。

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