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毛利 衛飛行士2001[3]
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毛利:それからもう一つ。実は月面に行くときは、すごい予算があったんです。それで、実はあのときに科学技術だけじゃなくて、すでに人文科学へのリターンが何かということをもう検証しているんです。そういう本も出ています。芸術への応用とか、政治、社会学、いろいろな分野への波及効果とかね。知らなかったですか。

井上:そうですか、それは知りませんでした。

毛利:いや、それだけ予算がやっぱりあったんですね。

井上:でも、その本、その後の引継ぎがないような気がするな。広く展開してはいませんね。

毛利:立派な本ですよ。

井上:そうですか。調べてみます。

荒木:一応調べたことがあります。80年代の前半にジョージタウン大学に依頼してレポートを出していることはわかって、一応資料室には置いてあります。

毛利:(NASDA荒木氏に向って)80年代だと、ステーションのときだよね。それでもこの人たちにちょっと見てもらった方がいいですね。

荒木:シャトルが立ちあがった頃だと思うんですけど。

毛利:その前のアポロのときにもありましたよ。

野村:二つほどお伺いしたいと思います。僕は彫刻の出身なんですけれども、実際には月食とか月の動きとか、そういう写真を撮っています。それでこの毛利さんの『NHK人間講座』を読んだときに、30秒間の日食をご覧になったのは毛利さんにとって大きな転換だったということが書かれています。自分も皆既日食は見たことないんですけども、いろいろな星とか見ていて、それを写真に写して、現象はそのままなんですけど、それが自分が見たものとして作品になるんじゃないかということでいろいろ進めてきています。それで、今日たまたま毛利さんは、STS-99(注)のシャツを着ておられるんですけれども、そのSTS-99のときに、実は京都の大文字にコーナーキューブリフレクタを「大」の字に並べて、実際に毛利さんのHDTVカメラに写っているかなーという感じで学生たちとやった経験があります。残念なことに、まだその写真がプリントされていないんですが(笑)。

吉冨:こちらも広報から何回も催促しているんですけれど、全然写っている様子がないんです。

野村:その光が写っていなくても、毛利さんがせっかく写された中に京都の街が写っていて、それがこちらに返ってくれば嬉しいなという感じがしています。

毛利:(NASDA吉冨氏に向って)あのカメラ撮影のときの地上での反応は地図で公開されているんですかね。

吉冨:いえ、全国でコーナーキューブリフレクタを置いたところはいっぱいあるんですね。一万あるのかな。

毛利:それは一応見ているんですけど。白いドットというか、30メートル×30メートルで、例えばつくばでもそれをいくつか置いていますよ。

野村:僕たちの場合、大文字の送り火がありますよね。あの火床は本来ならモノを置いたらいけないんだけど、保存会の人も、えー毛利さんがやるんだって、そしてそれが写るんだったら置かせてあげる、ということで許可をもらって、上まで持って上がってキューブを15メートルおきに置いたんです。実際は30メートルおきでよかったんですが、「大」の字の形に火床ができていますので、確率がよりよくなるために。

毛利:「大」の字の一辺はどのくらいですか。

野村:一辺200メートルちょっとです。

毛利:じゃあ十分ですね。それじゃあ必ず出るはずですね。

野村:今日たまたまあのときのSTS-99のシャツ着ておられるので。

毛利:その「大」というのは、今日初めて聞きました。

野村:一番京都らしいし、一番日本らしいですから。

吉冨:だから、広報には早く欲しい欲しいと言ってるんですが。

野村:万が一、われわれの置き方の角度が悪くて、写ってない可能性もありますが、立体ハイヴィジョンカメラでどのように写るのか、光が写ってなくても、非常に興味があるんです。

毛利:そうですね。その近くにある比叡山の姿もよく写っていますよ。撮影はすべてうまくいったので、高さ16メートルよりも、もっともっといい精度なんです。全部を公開するのは、軍事的な理由もあって大変ですが、今は高度100メートルですか、もう公開しているでしょう。

吉冨:ええ、そうですね。

毛利:高度30メートルと16メートルの画像は、科学的な目的があるということを明らかにすれば、出してくれるはずですよ。 STS−99から丸一年経ったから、もう半分はできているんじゃないですか(笑)。

野村:できていれば、送っていただけないでしょうか(笑)。
毛利さんは科学的にも非常に有意義なこととしてミッションを行われたと思いますが、それを知ったわれわれ美術の人間は、それに関わることがアート的な行為だと思ってやっているんですね。だからそこのところでギャップがあるかもしれないけれども、何と言うんでしょうか、感覚的言語というか感性的理解というか、そういうことにおいて美術は有効じゃないかと思っているわけです。
例えば、この本にも書いておられる水中花にしましても、表面積最小で体積最大になるとか、それが濡れ性によってすーっと入っていくとか、りんごの皮を剥いたら、そのままキープできるかと思ってたら、実際には伸びるというようなことは、科学をやっておられた毛利さんももちろん関心があると思うんですが、自己表現じゃなくて、現象を見てきて、それを美術だと考えている私にしてみたら、そういうことこそすごく興味深いことなんです。モヤモヤとしたのを作品にぶつけるとか、そういうのも美術ですが、それとはちがって、非常に新しい経験したことのない場の状況を記録する、そのことは、もしかしたら感性的言語として、一般の人にもより理解できる範疇のものになるんじゃないかと思っています。

毛利:なるほど。今話を聞いていて思ったのは、宇宙に行くと、あるいは宇宙に限らないと思いますが、環境が変わったことによって体の中に色々な情報が入ってきますね。人それぞれセンサーが違いますから、入ってきてもそれが情報として取り出せるかどうかはわからない。でも、共鳴する人というか、共通点がある人から質問されると、自分一人じゃ出なかった記憶が出てくるんですね。実は今までも、比叡山のお坊さんと話をしていたとき、そういうのが出てきたことがありましたが、今、今日もまさにその通りなんです。自分一人だけじゃ、自分の中の潜在的なものしか書いていないので、インタラクティブには出てこない。人とそういうやりとりをする機会は、ミッションのあと早ければ早いほどいいんですね。すぐに条件反射的に新鮮なものが出てくるんですよ。

野村:そういう意味では、毛利さんは、光の刺激が網膜に入ってこないで、宇宙線が視覚神経を刺激することによって、たぶん脳が刺激されて、白い発光体とか、粒が見えるとここに書いておられるんですね。僕なんかだったら、美術的な感覚からいけば、真っ白かもしれないんですけど、縁に何色かの色が付いているかもしれないのかなーと思うんですね。実際にそのときパッと見て、あ、さっきもこうだったと思って、そこにもしクレパスか何かあったら、その形を憶えている間にきっと描けるんじゃないかという気もするんです。それって美術と違うかな、と思ったりします。

毛利:非常にシャープな白い線ですよ。地上でも、真っ暗闇にしたときに刺激しますと、あたかも光ったような感じしますよね。そのようなときもあります。

野村:例えば、暗がりでおでこをガーンとぶつけたときに、目から火が出たとか言いますよね。だけどわれわれのイメージって、そんなことしかないんです。実際にそういうところがパッと刺激されて、何かが見えたというふうに感じるときには、本当にそれはどういうものなのか。発光体など言われたときには、もうちょっと知りたいと思うんです。

毛利:それは、実際に地上でも加速器で実験してるんですね。それこそアポロの前、有人飛行の一番最初のマーキュリーとかジェミニとかのときに、宇宙飛行士にやっぱり光が見えた。それで研究者が実際に加速器に頭を突っ込んだら見えたらしいんです(笑)。

野村:宇宙で体験されたそういうふうなことがそのまま飛び出してきても、われわれにとって非常に興味があるというか、好奇心を刺激する部分があります。だからまず、宇宙で体験なさったそういう一連のことが聞きたいということが一つあります。先ほど毛利さんが、宇宙船の中では面白いことがいっぱいあるんだと言われたましたが、たぶん今日だけではそのことを全部お聞きするのは無理な気がします。何らかの機会にそのお話が聞けたら非常にありがたいと思います。
もう一つお聞きしたいのは、先ほどおっしゃったことと関係しますが、ISSの向こうに見えていること。シャトルでの滞在というのは、非常に過密なスケジュールの中で、十日なら十日、二週間なら二週間過ごす。だけどもし長期の滞在になったときに、宇宙飛行士はどういうタイムスケジュールで過ごすのであろうかと。その中で、先ほどアートがミッションになりえるかという話もありましたが、例えば今言っているような記録のような作業を、そういうタイムスケジュールの中に実際に組み込んでいくためには、われわれ側が何をしないといけないのかということ。ああして下さい、こうして下さい、とわれわれがお願いするばかりじゃなくて、そうするためには、あなたたち、こういうことをしないととても無理ですよ、というような部分がきっとあるんではないかと思うんです(笑)。

毛利:私は、基本的には、宇宙に行くことがそんなに特別だと思っていません。おそらくヒマラヤに行って修行したり、スキューバダイビングで水中に潜ってみる――それと似たようなものじゃないかと思うんです。環境がガラッと変わって、今までの常識が通じないところに行ったとき、人間は「おやおやっ」と思いますね。すごい体中が興奮しますよね。

井上:そうですね。

毛利:でもそれはすぐに慣れますよね、多くの場合は。というのは水中でも、重力というか体が軽くなりますけど、わりとすぐ慣れる。一旦慣れてしまったら、そんなにもの珍しくなくなってしまうので、興奮状態が冷めるんですよね。宇宙もきっとそうだと思いますけど。
宇宙ステーションは高度450キロくらいですけど、たかがそのあたりですよ。地上で歩いて生活している人にとってはすごい差がありますが、個としてみると、一回目行ったときと二回目行ったときとでは、もう興奮度が雲泥の差なんですね。二回行きましたから、三回目も大体知れてますね。三回目はもっといろんな実用的な仕事ができるんでしょうけど。それは個人としての興奮度ですが、社会としての興奮度にも同じようなことがいえます。個体数が多くなって経験を重ねてそれが間接的に伝わって行くと、社会としても、どんなに特殊なことも新鮮さがなくなってくると思います。

(会見はまだ続いたが、ここで録画テープ終了)

*注:
毛利氏は、2000年2月に、STS-99/SRTM(Shuttle Radar Topography Mission)と呼ばれる地球科学ミッションで、スペースシャトル・エンデバー号にMSとして搭乗した。合成開口レーダを用いた地球陸地の立体地図作製のデータ取得を行い、また、高精細度テレビ(HDTV)カメラによる初めての地球観測ミッションデータ取得を行った。

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