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向井千秋飛行士1999[3]
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向井:それから、今日みなさんとお話させていただく機会をいただいたので、「宇宙でできたら面白いこと」を自分なりにつらつらまとめてみたんですが、そもそも宇宙では仕事やってても面白いし、何やってても面白いんです。例えば、スペース・クッキング。宇宙で料理をしたら面白いと思う。例えば、ババロアを作る。女性の方はわかると思うんですが、あれ下手な人が作ると上はフカフカ、下は固いというようなものができちゃうんですね。ところが宇宙に二つの液――片方は泡、片方は原液――を持って行って混ぜてみると、下手な人が作っても全部フカフカのババロアができる。たこ焼きなんかも、無重力状態では、たこ焼きを焼く容器がいらないわけです。ほとんど空中に浮かべておけばまとまりますから。そういった意味では、使う設備なんかも違ってくると思います。

それと先ほど言った宇宙の生け花とか、水中花的な入れ物のないアクアリウム、タンクみたいなものに魚を入れたインテリアのデコレーションなんかも面白いと思うんですね。通常私たちほとんど上は使ってませんけど、宇宙だと壁も含めて六面全部使えますから。それから、私が今着ているこういう洋服も重さを使ってうまく着こなしているんですが、この洋服に重さがなくなるとほとんど体にくっつかないわけです。こういったちょっと固めの生地だと、肩の辺りが少し上がって来てしまう。物と物が触っていると、必ず作用・反作用で離れるようになりますから、着こなしなんかもやっぱり地球上と宇宙では違います。ですからニットのタイツとか、編んだようなやつは非常に体にフィットするんですが、こういったような洋服、カーディガンとかいうものは今のままではまず使えません。
遊びなんかもすごく面白いと思うんですね。例えば三次元バスケットとか。ああいうカゴを使ったり、いろんなところにカゴがあるとか。例えば色違いでパン食い競争なんか、一番二番三番と置いておいて、追いかけて食べるだとか。それから、スーパーマンみたいに飛べますから、スキーのスラロームみたいに、障害物を回っていくような空中スラロームもできます。

オブジェなどでも、先程言ったような流体のオブジェもできるでしょう。それにまた、エッシャーのだまし絵みたいなものも、この重さのない世界で本当に三次元を使ってできるわけです。一つ紹介させていただきたいすごく面白い実験があります。これは私がバックアップをやったニューロラボの実験なんですが、例えばここにちょうど四角い箱があってネズミを走らせるとします。ネズミの視床下部には、自分がここの場所にいる、そこの場所にいる、あそこの場所にいるというのをメモリーで憶えて、必ずその細胞が発火して、自分の位置感覚を見る細胞があるんです。地上だと、ネズミをこのコーナーから走らせてここに戻すには、360度回らないと戻らないわけですね。ところが宇宙だと、エッシャーのだまし絵にあるようにこれを立体的に作って、270度角を回ればここに戻ってくるようにすることができる。ネズミは同じトラックを走っているわけですけど、上下がないから昇るとか下がるという感覚がないわけです。360度で本来はここに来なきゃいけないものを、エッシャーのだまし絵のように270度で持ってきたときに、果たしてその細胞が90度ずつずれて発火するかどうか、そういう実験をやりました。結果はきれいに90度ずつずれなかったんですけれども。結局、無重力ですと空間をもっとうまく使えるわけですから、だまし絵的な面白い空間や、それを使った遊園地的なものができると思います。
それから、美術解剖学の先生が来ていらっしゃいましたが、例えば肉体美というのを考えたとき、重力のない世界では筋肉が弱くなります。こういうふうにまっすぐに立つということ自体、重力があるから立てるのであって、宇宙だと使っていない筋肉が収縮し、あるいは使っている筋肉が弛緩し、というふうに必ずしも地上と同じ筋肉を使わない。ですから宇宙に行ってすぐニュートラル・ポジションでの身体のデッサンとかスケッチなんか違ってくると思うんですね。宇宙での肉体美の感覚は、短期ではどうなるか、長期にいた場合はどういうふうに変わるか、これは私も筋肉や骨など医学的な観点からも非常に興味を持っています。

それとやっぱり私、宇宙飛行して一番面白かったのは、重力の再認識なんです。無重力がどんなものか、宇宙から見た地球がどんなものかは、映像を通じてかなり情報が入ってきています。でももっと面白かったのは、地球に戻ってきたときに、いかに私たちがものすごい勢いで重力に引っ張られているかということです。物が落ちる、その速度がすごく速く感じました。二週間くらい物が落ちない世界にいると、地上でモノを落とすと、あたかも地球の中に吸い込まれて行くように見えたんです。帰ってきて直後は、物を落としては「あ、落ちる」といって楽しんでました。それによく考えてみると、私たちって、上とか下、眼の位置を意識した動詞とか言葉をかなり使っていると思います。例えば目上の人、目下の人という言い方がそうですが、宇宙だと上下の位置とか重さがないから、長く住んでいると言い方が変わってくると思います。日が昇るとか沈む、雨が降る、モノが転ぶ、モノを置くなどといった動詞も変わってくる。宇宙ではモノが浮いちゃって、転がしたり置いたりすることができません。こうやってマジックテープか何かでくっつけないといけないわけです。ちょっとした人の動作とか仕草も、そもそもの姿勢が違いますから変わってきます。

それと私が本当にすばらしいと思ったのは、人間の創造性です。例えば、私たち宇宙飛行士が宇宙に行って、そこから地球を見た感想をあれこれいうことは凡人でもできると思います。でも、古事記にグチャグチャとかきまぜてポトポトとやったら日本列島ができたというふうな記載がありますね。宇宙から日本列島を見たら本当にそういうふうに見えるんですね。また、以前にハワイの伝記か何か読んだら、マウイ島だったかな、それは神様が魚釣りでぎゅーっと引っ張り上げたらあの島が出てきたとありました。なぜそういったことを目で見たこともない人たちが書けたのか。ニュートンにしてもそうだと思うんですね。自分が宇宙に行ったこともないのに、理論でああいうことがちゃんと示せる。それはやっぱり人間の創造力のすばらしさだと思います。

最後によく聞かれることは、向井さん人生観変わりましたか、ということなんですが、これは宗教的なバックグラウンドにも関係してくると思います。神の存在というものに関して、多神教の人とキリスト教の民族は違うんじゃないか。例えば私などは、何が神かっていうのを考えないけれども、毎日使う食器だとかいろいろなものに感謝の念を持ちます。インディアンが山を見てそこからスピリットを感じるとか、私たちは使い古したお茶碗を手厚く葬って「ありがとう」と言うとか。これは、たぶん土着の宗教を信仰している人たちが持っている気持ちだと思うんですが、そういうものと、何というか、人間が地上で一番上に立っていると考える人たちは、宇宙に神は存在するかという質問に対する答えも違ってくるんじゃないかと思います。自然界をどうとらえているか、人間優位か、それとも人間も動物の一部として考えるか、自然と闘って開拓しそこに住むと考えるのか、自然と調和しながら住むと考えるか、そんなことでも違ってくると思います。

それに、飛行前の人生経験の違いでもずいぶん違うと思うんですね。例えば、挫折したことがあるかないかでも変わってくるし、不幸な人生を送ったというようなことでも変わってきます。私は医者として働いていましたが、世の中には選択権のない不公平な人生というのが存在する、例えば同じような年齢の人が病気で死んでいってしまう。生まれながらにして病気の子供で、病院で生まれてそのまま死んでいく子どももいる。それはその子が選ぶわけじゃない。そういった選択権のない不公平というのがどうしてもある――そうしたことをどう考えたかというようなことで、宇宙体験による人生観の変化というものちがってくると思います。宇宙を飛んだからといって、飛んだ人全員がそれによって人生観を変えられるとは思っていません。人生観を変える一つのきっかけにはなる。だけどまあ地球上にも人生観を変えるものはたくさんあるということです。それと、地球とか天体を宇宙から見ることの影響ということでいえば、離れたところから見ると望郷の念がわいて、どんな境遇でもすばらしく感じられる。というかそんなすごい景色を見ると、細かいことなんか二の次になって、そのディグニティ、尊厳ということしか見なくなっちゃう、そういう精神面の影響も出てくるのではないかと思いました。
先ほども申し上げましたが、この研究会の方々へのお奨めは、宇宙に行かないまでも、KC-135みたいなものを使っても無重力体験はいくらでもできますから、それを実際に体験していただけると、本当に面白くすばらしいことを考えてくださるんじゃないかと思います。先ほど清水さんがおっしゃったように、何らかのプロトコールを作らなくちゃいけないとすれば、私は今先生方がやっていらっしゃる研究の中で、重力をなくした場合、表現方法がどう変わってくるのか、そういったことを考えてくださるだけでも、ずいぶんテーマが見つかるんじゃないかと。

最後にちょっとまとめますと、私は、宇宙に行かせていただいたおかげで、宇宙も面白かったけど、やっぱり地球というものがもっとよくわかる、そんなふうに思いました。これは、自分が所属しているグループを一つ広げてみないと、実際は自分が今いる環境はわからない、それと同じことだと思います。二番目に、自然界で起こっていることというのは、規模の違いはあっても現象は同じかなと思いました。三番目に、年齢とか文化、言語・習慣・性別・教育・専門分野などのちがいが、今、異文化の問題としていろいろ議論されたり研究されたりしていますが、結局これ、とどのつまりというか、所詮、人は人で、人間は人間だと。国や文化が違っても、人は人で考えることは同じなんだなと。気が合う人は別にアメリカ人でも日本人でも気が合うし、気が合わない人は同じ日本人でも気が合いません。結局、人間はしょせん人間だと。だから残念なことに、歴史は繰り返されてしまう――過去から学ばずに繰り返されてしまうのだろうと私は思います。

最後ですが、宇宙をゆったり見ていると、結局何か、人生は非常に短い、楽しくて面白いことが多すぎる、ということがよーくわかります。宇宙飛行をさせていただいたおかげで、非常に面白い経験をさせていただいたなーと思います。
あ、ビデオがあるんですが、まだ時間はありますか?

井口:どうぞ。じゅうぶんあります。

向井(ビデオを見ながら):ビデオは八分くらいです。ハイビジョンの機材を使えばもっといいんですが、これはハイビジョンをVHSに落としています。

これは打ち上げです。これ、かなりきれいに撮れています。二回目の飛行で、昨年10月のグレンさんたちと飛んだ飛行で、すばらしい青空です。8分40秒すれば軌道に入ります。宇宙といっても結局300キロとか500キロくらいしか離れてないですから、宇宙に行くのはあっという間なんですね。といっても、これ一番緊張しているところだったんですが。
これが船内で、こういった窓がありまして、高度500キロですから、通常のシャトルよりかは地球がかなり遠くというか、平面が丸く見えます。窓から見るとこんなふうに見えます。もっともっとこの色が透き通った感じなんですね。これはサハラ砂漠ですが、雲の筋がちょうど砂丘の筋に合った状態になっているそうです。本当に地球が丸いということが実感できます。今サハラの色がこういう色をしていますが、これに太陽の光なんかが当たってくると、ちょうど夕暮れどきとかになると、色合いがものすごく違ってきて、すごくきれいなんですね。私は仕事でハイビジョン撮っていたわけですけど、ハイビジョンものすごくきれいです。肉眼で見ている映像とかなり近いですね。拡大してみると肉眼よりかもっと細かいところが見えます。ビューファインダーを見ていると、その中に吸い込まれそうで、初めは仕事でやっていたんですけど、後半は撮るのが楽しくてやっていました。

これはレイクチャドといって、毎年雨の量によって大きさが変わっちゃう湖なんですけれども、ここよーく見ると煙が上がっていると思います。地上で大規模に何か燃やしたりすると、こんなふうに宇宙で煙が見えるんですね。ですから、あそこら辺に人が住んでいるなーという感じです。
この絵はナイルの支流なんですが、光がすーっと当たると川のところにキラキラと光の反射が見えてきます。こんな地上の光の反射がスペースシャトルの中にいて見えます。これがだいたい肉眼で見ているのと同じような感じです。
日本は初め三日目くらいに見ていたときはきれいに見えていたんですが、それ以降、撮ろうと思うといつも雲が被さっていて、残念ながら撮れなかったんですね。

キャビンの中はこんなふうになってます。これは作業状況。ちょっと狭いんですが、私たちの実験室。いろいろ上からぶら下がっていまして、こういう狭い所でも、上下とか床とか壁とか関係ないですから、そんなに狭く感じません。今、魚を覗いているところですが、こんな感じです。物はこんなふうにふわふわと浮いています。ですからいろんなものをなくしちゃうんですね。置いておけないから。

これちょうど宙返りしています。今、手を離しますが、うまくやればずーっとこのまま宙返りしっぱなし。着地ができないわけですね。これは、グレンさんがジュースを飲んでいます。こんなふうに水が容れ物に入れないでもふわふわ浮いているというのは、非常に面白いんですね。これはNHKが編集したので、グレンさんの昔の37年前の映像が入っていますが、彼が37年前に比べて空間がすごく広いので今回の飛行は面白いと言っていました。
これが寝床です。こういうふうに四つの寝床があります。こんなに狭いんですが、こことトイレだけがプライバシーを保てる場所なんですね。こういったところで起きてくる。重さのない世界、こんな感じですね。これは編集された映像ですが、地上のミッション・コントロールセンター。私たち七人が宇宙で働いている間に、地上は管制の人たちが一緒になって働いています。大きなチームワークというわけですね。

これは、土井さんが船外活動で捕まえたスパルタン、太陽のコロナの観測をする人工衛星です。今ロボットアームで捕まえていますが、これを離してやって、シャトルがこれから遠ざかる、つまり宇宙空間に放出、ただ置いてくるわけです。これを四日後くらいにまた回収して、その間のデータを取ってます。今衛星を回収するところですが、ご覧いただけるように、周りにこういった変な粒が飛んでいますよね。私たちの姿勢を制御するジェットの一つにちょっと漏れがあって、それが宇宙空間にかなり出ていました。ときどきスペースシャトルが余った水を宇宙空間に捨てるんですが、それはものすごいきれいです。ちょうど私が昔スキー部でスキーやっていたときに、ナイターで真っ暗な空のところに雪が落ちてくるのがライトに当たってキラキラしている、そういったものが宇宙空間で見られるような感じです。私にもっと才能があれば、短歌がもっともっといっぱいできたんですが、どうも才能がなくて二つしかできなかったんです。

これが食事の状況です。これは水、たぶんイチゴジュースとかそういうもので、中にチョコレートをボコッと入れて、ジュースの玉に目玉作ろうとか。あー今入りましたね。こんなふうにしてご飯のときに遊んだりしています。例えばマーブルチョコレートなんかいっぱい持っていって、手につかんで離すと、それがビッグバンじゃないんですけど、パーッと開いていく。そういった状態なんかを見るのはすごくきれいです。これはお手玉やっているんですが、地球でやると同じように投げちゃってるんですね。だからあちこちに行っちゃう。要は宙に置いておいて持ち替えればいいだけの話なんですが、まだ私、二回しか飛んでなくて未熟なものですから(笑)。

これが地球の状態です。空気の薄さがよく見えると思います。雲のパターンというのは、ものすごくきれいなんですね。ちょうど今地球が動いている。スペースシャトルから見たら、このくらいのゆったりとした感じで地球は動いています。展望レストランの上から外を見るのと同じくらいの速度で外が動いています。というか、シャトルが動いているわけですから。今度の毛利さんの飛行というのは、地球の地図を作るのが目的だから、地球を見るのが仕事なので、本当に羨ましい飛行だと思っているんですけども(笑)。ただこういったものをあまりずーっと見ていると気持ち悪くなっちゃうという宇宙飛行士もいます。ちょうど私は音楽をいろいろ持って行ったんですが、やっぱり、こういう動きにはわりとテンポの遅いゆったりした音楽の方が合ったような気がします。『2001年宇宙の旅』の「美しき青きドナウ」とか、ベートーベンの「皇帝」とか持って行ったんですが、うちの旦那がどうしても持って行ってくれと言うので、演歌も持って行ったんです(笑)。でもやっぱり演歌のムードよりかは、自分の偏見のせいかもしれませんが、ベートーベンのクラシックの方が合ったような感じがします。
どうも長い間しゃべっちゃってすみません。

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