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向井千秋飛行士1999[4]
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井口:どうもありがとうございました(拍手)。印象をわれわれだけで聞かせてもらうのはもったいないなという感じで、余韻も残っていますが、せっかくの機会ですから、これから質疑に入ります。いろいろな質問が出ると思いますが、向井さんよろしくお願いします。どなたからでも結構です。それでは佐藤先生から。

佐藤:美術関係の人が多いので、畠ちがいの質問は早めにさせてもらうことにします。
私は最近、地上での風景の見え方というのはやっぱり重力が関係しているんだと思ってます。天橋立の股覗きのように、逆さにして見ると同じ風景が新鮮に見えることがあります。視覚というのは、生理学や心理学的なことはものすごく進んでいる。しかし、勉強してみて僕が一つ感じたのは、心理学的な視覚のテストとかいうのは、みんな人間を部屋に閉じこめてやるんですね。僕が興味持っているのは――美術の起源のことを意識しているんだけど――美とか、審美観の起源とか、荘厳なものとか、何か屹立したものとか、ああいうものを感じる人間の感覚というのは、人類がまだ家を建てる前、つまり野外での生活経験から来ていると思うんですね。自然の光が織り成す野外の風景をみる経験です。だから僕は視覚の研究でも、野外視覚心理学みたいなものが必要だなあと思いますね。視覚感覚の検査も人間を対象にしたりして、すごく詳しいんだけど、外の、野外の風景とかに対する視覚の研究はそんなにないんですね。
そういう印象を持ったので、私は、最近、例えば宇宙から見た風景とか、惑星に行ったらどんな空だろうとか、そういうこととの比較で地上の風景の特色を浮かび上がらすことに興味を持っているんです。例えば、視覚と重力というと、人間の視覚は明らかに距離感覚が横と縦では明確に違う、三分の二くらい違うと言われてますね。ですから、視覚自体がすでに地上用にできているんだと思うんですね。ですから地上用の人間を宇宙に持って行ったときに、距離の感覚というのを人間がどうなるのかと思う。なんか心理・生理実験ができたら面白いだろうと思いますね。できるかどうかわかりませんが。
それからもうひとつ、地上では重力というのは本当にすごい。われわれは完全に重力の下にいますから。私は一般相対理論の専門家なんですが、その国際学会に実はある賞がありまして――僕ももらったこがあります――その賞金をもう三、四十年間も寄付続けているところがあるんですが、それがアメリカの土建屋さんなんですね。土建屋、建築業というのはふだんから重力感じてて仕事をしている(笑)。無重力実験にお金を使うならわかるけど、一般相対論にお金を使ってもあまり関係ないと思うんだけど。まあちょっとお笑い話みたいですが。

向井:すごく面白かったのは、ある一枚の絵があって、こうやって見ると美人の若い人なんですが、反対に見ると年寄りに見える、そういう絵を見る心理学の実験がありました。そのときに――先生おっしゃるように――その絵しか視野に入らないで見た時と、周りのアウターフレームですか、天井とか床とか、少なくとも視覚で見たときに上下のキューがあるときにそれをこういうふうに逆さにして見るとどう見えるか。それとその体がひっくり返って、アウターフレームと自分が180度ひっくり返った中でそ見たときにどう見えるか、という実験がありました。ただその実験結果がどうだったかは、私が次の飛行の準備に入ってしまっていて、きちんと聞いてないんですけれども。でもそういうのは、やっぱりすごく面白いなーと思いました。ほかにも、例えばこういう絵なんかで、丸を描いて――私、絵が下手だけど――片方に影を付けると、その玉が浮き出ているように表現できますよね。それはひっくり返すと玉が引っ込んじゃうんですね。私たち地上で見ていると、上から日が照って影は下にできるのが当り前に思っているから、それで立体的なものを表現するんでしょうけども。そこら辺の考え方も無重力だとずいぶん違っちゃうんじゃないかなと思いました。

福嶋:一つお聞きしていいですか。今、佐藤先生が色彩のことについて言われましたね。色彩のことにはいろいろ個人的に興味あるんですが、先ほどのお話の中で、宇宙の見え方ですね、「ベルベット・ブラック」とか、向井さんは「奥行きのある黒」だとか言われましたね。どんな黒か検討つきませんが――結局は自分が行ってみないとわかりませんが――そういう黒い色に関してだけは、宇宙飛行士の中で何人かの人がいろいろ指摘されてますが、他の色については一体どういうふうに思われるのかということが気になりまして。と言いますのは、黒い色とか青い色、窓を通して地球を見ているときには、主に砂漠の色とか雲の色、それからオーロラの色――光の色だと思うんですね。それが例えば地球上にいるときには、緑色なんか木によっていろいろな緑のニュアンスがあったりしますね。茶色でもいろいろなニュアンスがあると思うんですね。それが宇宙に行くと、たぶん青い色は青い色と、本当に質を持った色彩が、たぶん存在させられるだろうと思うんですが、宇宙の黒だけが非常に質を持った色と言われるましたが、他の色彩についてはどうでしょうか。

向井:私はそういう観点から見てなくて、ただ、黒を見たときには、宇宙の黒ってこんなにすごいのかと思ったので、黒が印象的だったんです。あと、「ブルー・プラネット」のブルーが、ふつうの写真で見るよりスライドで出したみたいな透明感のあるブルーという感じでした。それ以外の色は、そういう観点で見ていなかったので、ちょっとうまく言えません。申し訳ありません。

福嶋:いや僕は彫刻やっているんですが、色彩そのもの、奥行きだとか質感を持った色彩そのものを存在させられないか、ということを自分の仕事でずっとやっていまして。地上でだったら塗った色がそのまま反射して目に見えていますね。そうじゃなくて、奥行きを持ち、なにか厚みや質が加わった色彩というものを地上で実現できないかと。つまり宇宙飛行士の言葉が示しているような色彩のあり方を、何か自分で開発できないかなと思ってやっているので、そういう質問をしました。

尾登:無重力の環境が、重力のある地球上と異なるということを向井さんは体験されているわけですが、無重力時の感覚には、たとえるならば、人間以外のどの動物に近いというようなものがありましたか。要するにヒト以外の他の生物、例えば鳥であるとか、昆虫であるとか...。私自身は、無重力は鳥や魚に近いのかな、とその感覚を想像するんですが。

向井:んー、たぶん制約がない魚に近いかもしれない。私たち、面白いから、こうやって例えば空中に浮かんで平泳ぎができるかどうかなんて、宇宙飛行士、馬鹿ですから、時間があるとそんなことして遊んでるんですよ。ところがやっぱり空気抵抗がすごく少ないから、こうやって掻いただけでは進まないわけですね。ほっとくと、みんな遊びで――仕事の時間じゃないですよ(笑)――手にもっと大きなハンドルみたいなものとか、食事用のこのくらいのお盆があるんですが、それを手足にくっつけて、大きくなった蛙みたいにして、こうやってるんですが、やっぱり空気抵抗全然小さいから動かないですね。鳥みたいに自由に飛んでいるというよりかは、動物でいうと、魚が、水圧がない中で自由に動いてるような感じ――私たち泳ぎますと水圧がかかりますでしょう、水の抵抗がある――あれがまったくない状態。だから上下感覚なんかも、水圧があるとわかっちゃうけれども、よくスキューバダイビングなんかやっていると、上さえ向かなければ上下がわからなくなっちゃうことがあるんですよね。上を向くとプレッシャーがかかる。あと、空気の動きを見るとわかるんですけれども。そういう感じがしました。ただ一回目の飛行のときに、子供たちが、向井さんどんな気持ちですかと突然質問が来ちゃって、んーどういう感じかと言うと、そうね、ふわふわ浮きながら地上が見えるから、もしかして天女みたいな感じかなと。天女もふわふわ浮いて鳥みたいに飛んでいないですよね、ふわっとそこの場所に浮かんでいる、飛んではいない、そういう感じ。

尾登:ありがとうございます。もう一点ですね、われわれが造形するときに、必ず形と色彩と素材という要素が入ってくるんですね地球上ですと、例えば柔らかさとか表面の特性とか、そういうことに結構われわれはこだわるんですが、宇宙空間に行って、おそらくそこに持ち込めるものの条件があるので重たいものは持って行けないと思うんですけど、無重力での素材について何か感じられたことがありますでしょうか。

向井:私は彫刻とかはあれですけど、もし自分がオブジェとか何か面白いものを作るとしたら、やっぱり流体を使うと思いますよ。流体はものすごくファンタスティックなんです。例えば私、一回目の飛行のときに、水と油と水という三層のサンドイッチを作ろうという実験があったんですね。温度勾配を垂直にかけることによって流体の流れを見るというのがその科学実験の目的なんですが、水と油と水、そこの間に薄ーいフィルム、何というんですか架空壁があって、宇宙飛行士はその膜をゆっくり除くことによって三層を作る。地上だったら水の上に油を乗っけるという二層はできるわけですよ。油みたいなものがボコンと浮かんで下がってくる幻想的な飾りがありますよね。ああいうことはできるけれども、水の上に油を乗っける、さらにその上に水をもう一層作るというのは、地球上では絶対にできません。その実験やってすごく面白いことに、一つはきれいな三層になったんですが、もう一つは先端が二つあって、その先端の周り、壁の濡れ性の関係で、壁にくっつきやすい方の液体がワーッと丸まっちゃって二層になっちゃったという、そういう実験があったんです。私は流体力学が専門じゃないんですけど、液体の実験は見てて飽きないですね。さっきの毛利さんの水中花もそうです。あれも実験装置の中に入れて――ちょっと今日ビデオないですけど――超音波なんかで振動させてやると、ものすごくきれいな、幻想的な形がたくさんできるんですよ。回すこともできれば、自由自在にいろんな形にできる、バキーッと切ったり、二つの花にすることもできる。ああいうおもちゃなんかは、もしかするとそれこそ宇宙空間でしかできないんじゃないでしょうか――場合によっては、非常に強い浮遊力を使えば地上でもできるかもしれませんが。宇宙でしか、無重力でしかできないということ、こういう液体を、容器を使わずに自由にハンドリングできるということは、すごい魅力じゃないかなーと思いました。

栗本:向井さんから、今まさに遊びというお話が出て、それが自由時間に行われたということでしたね。平泳ぎができるかとか。私たち、宇宙で芸術にどういうことが可能かということを研究しているグループですが、すごくジレンマがあるのは、芸術というものの起源を考えると、もともと最初の部分は、やっぱり遊びやと思うんですね。仕事とか義務じゃないんです。先ほど私たちのメンバーの中から、誰かが宇宙に行けば何か生まれるんじゃないかというお話もあったんですが、もし選ばれて行ったとしても、われわれだとやっぱり仕事になってしまうんです(笑)。
今まで宇宙でいろんな科学的な実験実験が仕事として行われ、価値あるものとしてストックされてきたと思うんです。しかし同時に、今向井さんが「これは仕事時間以外です」と強調されみたいに、そういう遊び的なものもやっぱりずいぶん積み重ねがあると思うんです。日本だけなくて、アメリカとかロシアとかの宇宙飛行士たちが宇宙空間でしてきた遊びがあると思うんですね。何か無理にやってもらうとか、仕事であるとかではなくて、自由な感じで自然発生的に行われた行為というのが何らかの形でリサーチできたら、こちらとしてはすごく貴重なデータになるような気がします。今こうして資料でいただいたものの中でもそういう部分が見れますし、NASAはもっと長い歴史があるので、宇宙飛行士が宇宙でどんな遊びをしてきたかというようなことをリサーチする方法がないかと思うのです。そういうリサーチの可能性などをお聞きしたいんですが。

向井:可能性はあると思いますよ。ミッションの今現地入りしたスタッフもかなりいますから、いわゆるクェスショナリー的に今までどんな遊びをやりましたかみたいなことを聞いて回るとか。あるいはエデュケーショナル・プログラムだと遊びじゃなくなっちゃうかもしれないんですけど、教育番組で子どもたちに宇宙でこんなことができますというのを出しているようなミッションもあるんですね。例えば青少年の教育で20分くらい使って、毛利さんが紙飛行機を折って飛ばしてみたり、相撲を取ってみて、質量の大きさでぶつかったときにどっちがはじけるかとか、そういうのあるんですね。でも何かやらなきゃいけないことというのじゃなくて、「わー面白そう、これやってみよう」と言ってやったものっていうのは、口頭でしか言ってなくて、記録は残ってないんですよ。そこら辺はもう現役の宇宙飛行士をつかまえて聞いていけば、それなりに道はあると思いますよ。うちはヒューストンにも事務所がありますし、そこでも質問できると思います。

井口:今の話に関してですが、京都芸大の研究報告書には、土井さんが行かれたときに船外でかなり長い時間を過ごされて、そこで何を考えたか、その無為な時間が芸術だと書かれているんですが、そういう自由な時間の積み重ねというのも意義のあることかもしれませんね。

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