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向井千秋飛行士1999[6] |
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井口:ありがとうございました。岡田先生、生物学者としての意見も含めてちょっとお願いします。 岡田:それでは、先ほどの閉鎖空間の話にちょっと戻させていただきたいんですが。向井さんはわりと広い所におられたから、きっとそれほど閉鎖空間という感じがしなかったのかもしれませんが、お話を伺って、窓から地球を眺めるのを楽しんでおられたようですが、もしあれがなくって、つまり窓がまったくない空間だったとすると、いかに広くても閉鎖的な空間だというふうに思われないでしょうか。私なんかその逆に、宇宙に行ったことはないけれども、地球から星空を眺めると、自分が宇宙の中のほんのちっぽけな存在だと思う反面、こんな広大な空間に住んでいるんだという気がして閉鎖的な感覚から解放される気分があるんです。その辺はいかがでしょうか? 向井:先生のおっしゃるとおりだと思います。やっぱり窓があるっていうのが、すごく精神的な意味では解放感があると思うんですね。じゃ、窓の大きさがどのくらい大きければいいかということなんですけど、私、一回目の飛行では、窓が全部いわゆる真空装置のチューブが出ていて、ふさがってしまって窓がなかったんですね。私も窓があんまり広過ぎて外がよーく見えてしまうと、やっぱり仕事に打ち込まないで外見ちゃいます。外の流れの景色にどうしても目が行っちゃう。ところが幸か不幸か窓がないような部屋で、壁に向かって仕事していると、逆に仕事に打ち込むっていうのがあるから、一回目の飛行はすごく忙しかったし、実験も面白かったから、それはそれなりによかったです。ただ他の宇宙飛行士たちは、窓がないっていうのは全然駄目だと、かなり文句言ってました。 宮永:宇宙飛行士にとっても、窓は欲するものなんでしょうか。 向井:窓を欲するかどうかというのは、その状況によってちょっとわからないと思うんですね。私なんか、本気で仕事に打ち込もうと思うときは、わざと窓のない方を向いて机をそっちに向けて配置しちゃうし。やっぱり仕事の内容にもよるのかもしれませんね。クリエイティブな仕事をする人の場合だと、やっぱり窓なんかあるといいかもしれないですね。今宇宙飛行士がやっている仕事というのは、もう台本が全部決まっていて、その台本でステップバイステップでずーっとやっていきますから、次はどれ、次はどれってかなり決められた状況になってるんですね。そうなると、窓からちょっと外を見て一服し、その一服した中で自分のクリエイティビティを持ってなんか考えるというゆとりのある実験は、まだ残念ながらできていないというのが現状ですね。将来は窓があった方がいいんでしょうけど、今のように短時間でものすごい数の仕事をやらなくちゃいけない状況では、私なんかはかえって窓はいらない。 岡田:ちょっと人文社会的なことと関係のない質問なんですが、向井さん宇宙から帰られたときに、何か物を落っことして楽しんだと言われました。で、例えばいきなりキャッチボールをやったとすると、ボールは取れるんでしょうかね。 向井:あの、その実験やったんです(笑)。ニューロラボにそういうキャッチボールの実験があって。なぜかというと、宇宙空間だと無重力なのでボールは等速運動をするわけですね。ですからボールが自然落下したときは――自然落下でもちょっとバネで押すんですけど――等速に落ちてくる。それが地上だと、バネの力プラス加速度が入ってくる。それによってキャッチングするときの筋肉の変化、つまりキャッチする前に筋肉が準備しないといけないから、その準備の期間とか、レスポンスがどういうふうに変わるかっていうのを、フランスの研究者が調べてました。これも結果がどうなったかって言うのを私まだフォローしていないんですが(笑)。コンピュータシュミレーションであるんですが、彼は将来それを垂直じゃなくて水平方向で、等速で来たボールを打つときと、加速度運動で放物線を描いてきたボールを打つときとで、人間の反応がどう違うかという研究テーマでやられていました。 岡田:たぶんそれはあると思いました。非常に興味があるのは、向井さん、天井に立って生活したときに、数分でもうそれに慣れたとおっしゃいましたね。 向井:数秒です。 岡田:あ、数秒ですか。それでまた元に戻っても数秒で慣れるわけですね。慣れるっていうのは、たぶん脳の中のプログラムをちょっと変えるだけだと思うんですが、もしそのプログラムがない状態だとどうか。つまり地上の生物は進化の過程がずーっと地上で、常に重力のある状態で進化しているから、重力のある状態でプログラムができてきたわけですよね。だから、例えば宇宙船の中で生まれた犬は果たして地上に戻ったときにフリスビーや、投げられたボールを取れるか、とかには興味があります。例えば地上で生まれてそれに慣れている犬を宇宙船に持って行って、何週間か何ヶ月か置いておいてそれで戻せば、また頭の中にできているプログラムを戻せばいいわけだから、いきなりだとたぶんできないかもしれないけれど、しばらくするとできる。だけど、生まれてから一回も重力のある状態を体験したことのない犬がいたとすると、それは果たしてボールを受取れるようになるまでの時間が、そうでない犬と時間の長さが同じか違うかとか、そういうのにすごく興味があるんですね。百代くらい繰り返して無重力状態で生まれた犬は、果たして一代目と違うかとか、そういうことを調べることによって、生物機能が重力のもとで進化してきたことが生物にどのように影響したか、神経細胞のネットワークが出来るときに影響するのか、ネットワークは変わらないでただ一時的にその中の情報の流れ方が変わるだけなのか、あるいはDNAに記録されている強固なものなのか、というようなことがわかるんじゃないかと思いまして。 向井:私のインプレッションは、人間を含めた生物の適応能力は、例えば空気のないところで生活しろというのは適応できないんですが、重力に関してはかなりあると思います。さっき先生がおっしゃった、重力を一回も知らない犬を地上に連れてきたらどうなるかということですけれど、逆のことを言えば、宇宙飛行士なんかはみんな無重力がどういうものか全然わかんないのに、そこの世界に行って数秒後はもう働いているわけですよね。 岡田:でも水泳をしたことありますよね。 向井:でも、水泳の感覚と違うんですね。例えば人間工学的に船外活動の訓練を水中でやるわけですが、水中だと初めの数分くらいの間に何か調べたいテーマをやらないと、その後はもうかなり適応した状態になっちゃうんじゃないかと思います。 埴原:さっきから大変貴重な話を伺っておりますが、私はやっぱり商売柄どうしても進化に関係して考えてしまう癖がある。無重力というと、これはやはり地球上とはある意味で全然次元が違う問題ですね。普通の地上の動物というのは、二次元平面の上で歩いてます。人間も今は二次元平面で動いていますが、かつて猿だったときには三次元平面だったわけですよね。つまり木に登る、それから跳躍する、それで腕も長くなったし、眼の能力もちがう。ですから、動物は自分の住んでいるいろいろな状況に適応して、骨のかたちとか筋肉の仕組みとか、あるいは神経感覚というのは、かなり長い進化の時間をかけてできあがってきたものですね。今の人間の身体、あるいは視力とか五感というのも、今言った二次元平面、三次元平面、それからまた地上に降りてきてといった進化上の歴史と密接に関連しているわけです。将来、人間が長い間宇宙に住んでいることができるかどうかというのはまた別問題ですけれども、感覚的に言えば、やっぱり宇宙に行くということは、ある意味で三次元空間、無重力という新しい次元を考えますと四次元かもしれませんが、そういったところに入っていくことになるわけで、私が思うに、どうしても人間の感覚も変わってくるでしょうし、今は力学的にいろいろと調べられていますが、人間の成長や老化のパターンとか、そういうのもどうも変わってくる。それと同時に心理的なものも変わってくると思うんですね。そういうことがどの程度具体的に現われるか知りませんが、芸術とかクリエイティビティとか、それから物を感じ取る感覚ですね――宇宙に行かれて、地球のことを新たに考えられたというのもその一つだと思いますが――そういったものも変わってくる。これはどうしても物理空間と切り離せない問題だと思います。そういったようなことで、牽強付会かもしれませんが、人間の進化の歴史が新しく始まるかもしれないという次元に立って、美学関係の先生方に新しい美学が創造できないかといろいろ模索していただいているわけです。 池上:向井さんは、宇宙でいろいろな作業に非常にお忙しく過ごされたんですけど、遊びということ以外にどこかで日常生活というのを感じられた時間というのはありますでしょうか。 向井:食事だとか朝起きるとシャンプーして、トイレとか、そういうのは日常生活ですね。一応毎日スケジュールは決まってますので、そういう意味での生活はしています。例えば泥臭い話でいきますと、トイレなんか一個しかないんですね。私の一回目の飛行はダブルシフトで、四人と三人が交代で分かれて勤務していたんですが、シャトルの中でトイレが一個しかないんですよ。実験機材を壊さないように使うのもとっても大事なことなんですが、もっと気を使ったのがトイレで(笑)、トイレを壊しちゃったらもう大変なことになるわけですね。食べるのはみんな我慢できても、出すのは我慢できないですから。最初の飛行のときは三人四人だったから、トイレも空いてるわけですね。ところが二回目のときは七人が朝パッと起きて、勤務時間は八時間ですがみんな大体12時間くらい実は仕事してるんですけれど、そうやって仕事して、また一緒に夕ご飯食べて寝ちゃう。で、夜は全然スペースシャトルの実験室は使っていないというのが二回目の飛行。そうすると、朝起きたときに、一個のトイレをみんなが奪い合いになるわけです。これは普通の日本の家と同じで、私なんかそういうところはわりと知恵があるから、みんなより五分くらい早く起きて、みんなが使う前に先使っちゃうとか(笑)。そういう生活の知恵みたいなものは、日本というか地上からの持ち出しです。だから生活感というのはかなりある。 池上:あと、今回は作業で行かれたわけですが、例えば医師として向こうの宇宙ステーションで働くということを想像されたことはありますでしょうか。 向井:将来宇宙ステーショで医師として働くとか、月に一回医師として働くとかいうことですね。ええ、私なんかは三回目は実際に科学実験で飛行したいと思いますけれど、将来、グレンさんくらいの歳とか、六十過ぎたらば、やっぱり宇宙っていうのは実験だけじゃなく、スペース・ツーリズム。今の観光旅行でよく海外旅行にパッケージ・ツアーで行きますよね。ああいうふうに、大量の人がどーんと行ってそこから地球を見て、あるいは宇宙にディズニーランドみたいなスペース・ファンタジーランドみたいなのを作っちゃえば、すごく面白い遊びの空間になるわけで、そういうところへのツーリズムというのがやっぱりできてくると思うんですね。そうなったら、私はやっぱり添乗員(笑)。宇宙に行った経験があるのと、医者だからある程度「ここから皆様無重力になります。気を付けてください」とかね、そういう添乗員なんかはすごく向いてるんじゃないかなーと思います(笑)。実際、必ずシャトルには医者なり医者と同じようなレベルの訓練を受けた人が必ず二人くらい指名されるんですね。今回グレンさんが乗ったことあって、私とスコットっていう二人が医者なんですが、その二人はいろいろな緊急事態があったときに対応ということで特別な訓練を受けていたので、医者としての仕事という自覚は持って行きました。実際にはグレンさん元気だったから何もなかったんですが。 野村:私、科学実験のことは何にもわかっていないんですけれども、実際にシャトルの中で行われた実験の難易度はどういうものなんでしょうか。 向井:難易度というのはちょっと言い方が難しくて、どういう観点からの難易度かということによると思うんですね。私たちが自分の責任を果たして自分で実験を操作する、そういう意味での難易度という観点からですと、やっぱり地上でプログラムができていないような実験、例えば先ほど話に出た乗組員の観察とかいったことを地上にリポートする、あるいはその映像を送る、それによって地上の研究者がプロトコールの流れを変える場合が出てくる、そういうような実験というのは難易度としては非常に難しい。 井口:どうもありがとうございました。時間が迫ってまいりました。清水さん、何か付け加えることありますか。 清水:いや今のところはありませんが、議事次第から言うと、今後の進め方を(笑)。 井口:ちょっと私がまとめということはないんですけれど、たくさんの問題が出てまいりました。佐藤先生が『火星の夕焼けはなぜ青い』という本を出してまして、岩波書店に成り代わって宣伝させていただきます。値段は安い1,500円くらいです。われわれ理科系の方でも『もし重力なかりせば』という本を作ろうじゃないかということで三年前から始めて、なかなかできません。ぜひ美術でも、「もし重力なかりせば美術はどうなるのか」っていうのを一つ、考えてみていただければと思います。 (了) |
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