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向井千秋飛行士1999[5] |
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野村:鑑賞、見ることについて、おたずねしてよろしいでしょうか。今のお話聞いていましても、宇宙では非常にお忙しい。もし時間があれば地球を見ているのが、本当に美しく心が和むというふうに言われました。いまさら聞くのは野暮なんですが、美術というのは、作る人と、作られた作品と、また見る人がいて成り立つものだと思うんです。将来、もう少しみなさんが地球を見飽きたりしたときに(笑)、シャトルないしステーションの中で、そういう作られたものを鑑賞したりする余裕や要求が実際に起こるものでしょうか。現時点でとてもあるとは思えないのですが。 向井:絶対に起こると思います。私が行なったのは科学飛行ですが、特に科学飛行というのはものすごく忙しいんです。人工衛星の打ち上げとか、普通の飛行というのは忙しさが少し違うんです。でもロシアの、例えば二年半くらい滞在する宇宙飛行士なんかはかなりの時間があって、地球をゆったり見る余裕があるんですね。 池上:非常に面白いお話だったと思います。今いろいろ遊びの話があったんですが、ふと思ったのは、実はこれアメリカ人だから宇宙の開発が成功しつつあるんじゃないかという気がするんですね。彼らは深刻なときでも平気で冗談を言うわけですね。本当にせっぱ詰まったときにも、冗談言いながら対策を考える、そういう姿勢が重要なような気がするんです。向井さんも非常にお忙しい方だと思うんですが、今のお話をお聞きしていましても、見聞きされたことすべてを分析され、理論的にも押さえておられます。かつてはお医者さんということで、人体構造もよくご存知の上でとらえておられる。私が個人的に興味を持っていますのは、先ほど言われたように、人生観というのは個人によって違うということ、あれは決定的な話だと思うんです。その奥のところで、なかなか日本人は今おっしゃっているように個人によって違うという視点にならないと思うんですけれど、アメリカ人というのは多民族の集合で個人のライフスタイルがベースになっています。個人的な動機がベースで、それが人類につながるという発想です。例えばグレン氏が78歳で宇宙へ行く、あれはやっぱり他の国ではできなかったと思うんですよ。それは国家も許さないし。 向井:すごく難しい質問ですね。これは私の独断と偏見ですが、やっぱり宇宙開発のように未知のものに取り組んで行くときにポイントになるのは、自然に対してどう思っているかです。彼らのパイオニア精神的なものを考えてみても、彼らにとってやっぱり自然って闘う相手だと思うんですよ。自然というのは日本人みたいに見て楽しむもの、あるいは自然の中に調和されるというのではなくて、自然を開拓し、闘いながら生きていく、そして宇宙も自然の一つと考えて出て行く。白人至上主義とまでいかないとしても、人間が最高のものであるという考えがかなりあるんじゃないかと私は思います。 中川:向井さんは先ほど流体の観察ということをおっしゃいましたが、観察というと見ることが中心になると思うんですね。私の専門は音楽の方なので、二つお伺いしたいんですが。一つは、聴覚――聴くことに焦点をあてた実験があるのかということ。もう一つは、イメージ的なんですが、例えば黒ということをおっしゃいましたが、聴覚的に言えばサイレンス、沈黙というか、地球にはなかなか本当の意味での沈黙ってないんですが、ひょっとしたら宇宙に行くと、沈黙とかサイレンスの研究ができるんじゃないかと思うんです。その辺いかがでしょう。 向井:音に関する研究は、私が知っている範囲では、人間を使った研究はたぶんなかったと思います。耳といっても、いわゆる耳石、つまり宇宙で平衡感覚がどうかという研究はあるんですが、私たち飛行機に乗りながら生活し仕事している状態なんで、音が聞えるか聞えないか、という研究は、えー、すみません、ちょっと調べてみます。 井口:音のない世界についてはどうだろうかということについては、・・・どうぞ正木さん。 正木:三つ質問がございまして、最初は私の個人的観点に近いのでお答えいただく必要はございません。先ほどから重力という問題がさかんに出ておりますけれども、私が専門的にやっております八世紀以降の仏教、あるいは密教世界、あるいはチベットもそうなんですが、重力から脱しようという非常に熾烈な志向がございまして、ヨーガを成就すると浮くというんですね。これは実は仏典には二千年くらい前からあるんです。人間が成就する、解脱すると浮くんだというんです。ですから、麻原たちもさかんに浮こうと必死の努力をしたわけです。あるいは浄土へ行くときも、西方極楽浄土から雲に乗って無重力状態で阿弥陀さんが迎えに来てくれて、その雲に乗って極楽世界に行く。どうも人間は無重力に無限の憧れを持っていて、ようやくここに来てそれが成就したわけですね。そう言った意味では、一種の宗教的見方をすれば、宇宙飛行士の方々は成就者の境地に立たれたかなと(笑)。 向井:(笑)その代り沈めないんですよ。浮くのは簡単ですけど、着地できないから。 正木:でも、私たちも、無重力で一体人間の精神に何が変容してくるのか、あるいはさっきおっしゃったように、それは単なるきっかけであってほとんど変わらないのか、個人的には非常に体験してみたいと思っています。 向井:私、非常にプラティカルで、目を閉じるとすぐに寝ちゃうという人間で(笑)。たぶんそういう感覚は、水に浮かんでいるときに感じるものに近いように思います。私はアメリカにいたとき、仕事に疲れたら、よく毎日泳いでいたんですね。好きなのは泳いでるだけじゃなくて、大の字になって水の中に浮かんで、目つぶったりしてると、ものすごく解き放れたような感じしますよね。そういう感じはするんだけど、寝たときに宇宙の只中にいるっていう感覚はなかった。確かに宇宙っていうのは、水の上に浮かんだときに水圧がないようなものですから、もっと気持ちいいんですよね。たぶん、土井さんはそういうふうに感じたんじゃないでしょうか。 正木:国立民族学博物館の研究会で、フローティングタンクの中に浮かぶと人間の心身がどんなふうに反応するかということを研究している会があったんですが、やはりある種の心身症の人に非常に効果的だというんですね。先ほど0.6Gだと体に障害のある方にもいいという話が出ましたけれど、ひょっとしたら精神や心身を病んだ方が、宇宙空間で無重力状態の中にある一定期間いることで回復する可能性があるんじゃないか。私は実は精神科医の先生とそういうものにもいろいろ取り組んでいるんですけれど、今後、費用の問題もありますが、心身症その他の治療の中で無重力が使えると、ひょっとしたら何か新しい治療法が出るかなという気がしております。 向井:(笑)そんなことないと思います。例えばNASAの宇宙飛行士っていうのは170人くらい訓練しています。その中で、土井さん、私、毛利さん、三人同期生なんですけど、性格は全然違うんです。毛利さん非常にしっかりとしたいいお兄さんだし、土井さんは夢見る弟で、私はよくみんなから「頑張り姉ちゃん」みたいなこと言われて(笑)、うるさい感じのお姉さんって感じだったんですけれども。170人もいると、やっぱりいろんな人がいます。私はそれでいいんだと思うんですよね。 宮永:先ほど向井さんが「レースを纏った貴婦人のよう」という地球の姿と視点にとても感動しました。画像を通して共感しました。 向井:歩くためには、一歩踏み出したら次の足が地上に着かないと歩けないですよね。同じことを宇宙でやると、一歩踏み出すと、ベクトルが両方を向いて踏み出すわけですから、体がそのまま飛んでいってしまって、体重を使って降りてこないから、次の足は次に蹴ろうとする場所に着かない。だから歩くっていう動作は、宇宙――重力のない所では成り立たない。滑るとか転ぶとかそういうこともない。動くのであれば、どっちかというと、壁をちょっと押す。もうそれだけで十分ですね。 宮永:それでは足は当然もう足としての用を成さなくなって、手とか何か他の体の部分を・・・ 向井:そうですね。重力使って手で押して、足で蹴飛ばして空間を行くときもありますけど。足とか手は、行きすぎたときにどこかにつかまえて止めるとか、そういうふうに使ってます。足は慣性力を使ったりして方向転換したりするときなんかに使います。でも、基本は足かな。 宮永:今の宇宙船の中は極めて小さい空間ですが、もう少し巨大な空間になると移動方法はどういうふうに変わると思われますか? 向井:移動はやっぱり、どこかを蹴るか押すかして、そっちの方向に向かって行って、手とか足とかをキュッと動かすことによって方向転換するというふうに、どこかを触って動く移動の仕方だと思います。 宮永:では、すべての筋力が衰えるというか、後退するというようなことになるのでしょうか。 向井:いや、そんなことないと思います。たとえば私、面白いことに、一番初めに宇宙に行ったときに、一日目はすごく仕事して疲れて首がものすごく痛くなったんです。何でこんなに疲れるんだろうと思ったんですけど、何が違うのかは、翌日わかったんです。それは、地上では重力があるから、一番楽な姿勢ってこういう姿勢でしょ。だから物を書くときは、腕は机の上にかかるくらいの位置になっている。ところが、お風呂で浮いたりプールで浮くととわかるように、重力がない状態になると、こういう形がニュートラル・ポジションです(ポーズする)。つまり、動くときに筋肉は収縮と弛緩をやっているわけですが、地上では重力があるから、重力分を加算して収縮弛緩している。重力がなくなってしまうと、結局はこういう位置が一番楽。で、頭の位置はこうじゃない。私の脳みそは少し重くて、地上にいると頭の重さで少しこうなっている。だから下を向いて書くのが楽なんですね。ところが、宇宙に行くと頭の重さがなくなるから、首の筋肉はどちらを使うかというとこちら側で、これがニュートラルポジションになります。この位置が一番楽で、だから、長時間の作業はこの一番楽な位置でするのが楽なわけです。私、一日目は、パネルを全部チェックしたりするのも、すべて自分の目を地上で訓練した位置に持って行って、物を書いてやったんですね。二日目からはそれがわかったから、もう全部、自分が逆に下がって、こういう位置で見たときにパネルがよく見えるように、ものを書くときは、こういう位置で書いたら書けるという位置に体を持っていった。そしたら、もう首の痛みとかなくなりました。 井上:すごく面白いお話です。特に感心しましたのは、基本的に楽しむという姿勢でおられるので、観察がすごく感覚的に深いと感じました。「例えば…」「例えば…」というときに言われる比喩が非常にわかりやすい。以前に土井さんとお話したときに、何とか向井さんが伝えようとされておられるようなことを聞き出そうとして、あの手この手で質問したんですけど、鉄人のような方で(笑)、何をおたずねしても、公明正大というか客観的な答えしか返ってこなかったです。 向井:私は独断と偏見ですから(笑)。 井上:いえいえ、こういう話を積み重ねて行くと、宇宙での具体的なことがいろいろわかってくると思います。質問に対して、「実はこんなことありましたよ」っていうことをたくさんおっしゃしましたよね。その「実はね…」という、記録にも残っていないたくさんのことが、われわれにとってはじつに大切な情報だということがはっきりしました。たとえば姿勢ですが、土井さんに絵をどういう姿勢で描いたかということを伺ったときに、今のお話とちょうどまったく逆に、土井さんは地上で描いている状態が宇宙空間でも可能であることを証明するために、体を固定してこうやって折り曲げて、しっかりと地上と同じような状況を作り出して絵を描かれたんですね。上の方に円が浮かぶということを表現してくださいとお願いしたんですが、今のお話を聞くと、姿勢や紙の位置によって、上下の表現というのもたぶんきっと違った結果が出てくるかもしれないなと思いました。今後、宇宙での実験を計画するときも、私たちが考えるプログラムが宇宙飛行士の方にちゃんと伝わって、楽しくやっていただけるのでなければ、望む成果は得られないなと感じました。 向井:実験をどういうふうに組み立てるかによると思うんですね。やっぱり初めのペイロードで正式に積み上げて行く場合は、かなり厳しく安全審査とかいろんなものがあって。でも例えば若田さんがお習字なんか書いてるでしょ。あれは、既存のコーヒーの粉を使って書いたりしてるわけなので、ものによると思うんですが。 井上:あの行為は無許可ですよね? 向井:ああ、あれは無許可。 井上:いきなりやっているんですよね。遊びなどは、こんなことをするぞなんて言わないでもできますよね(笑)。 向井:それはもう遊びなんかはぜんぜん無許可です。さっきの土井さんの話ですが、やっぱり実験をやるなら、地上と同じような姿勢で描かせた場合と、天井からぶら下がって描いた場合と、床とか壁から出て描いた場合など、たぶん上下感覚は画面の外側に見えるものとの関係で違ってくると思うんですよ。 尾登:僕は閉鎖空間というのが、やっぱり長期滞在になったときに大きいんじゃないかと思うんですね。やっぱりシャトルの中は限定空間であり閉鎖空間である、そういう中でいかに人間が長期滞在するかということになると、物理的な空間のスケールが問題になってきますね。無重力であるんだけれど、物理的な空間は決して無限ではなくて、非常に狭い。今回だけじゃなくて、向井さんの経験の中で、その限定空間の中で実験されたということで、広さに対してどう感じられたでしょうか? 向井:幸運なことに、私が滞在したときはいつも後ろに実験室が付いていたので、普通の飛行よりは広かったんですね。それと、広いとか狭いというのは、絶対的なものもあるかもしれないんですけど、やっぱり自分の何かの基準と比べてどうかという話になると、自分が東京で住んでいる狭いアパートとシャトルを比べてみると、非常に使い勝手というか、ボリューム的には広いんですね。 佐藤:先ほど音の話が出ましたけど、時間スケールの話が興味ある。最近、阪大のある先生から、人間が心地よい間の取り方とか、音や音楽の旋律というのは、人間の心臓の鼓動とか息の呼吸とかと関係があるという話を聞いたんです。先ほど向井さんが、流体の変動を見ていて飽きないといわれましたが、それは、いろいろな時間スケールがあったときにそれに気が惹かれるということだ思うんです。たぶん時間間隔と人間の相性というか、人間に心地よいタイムスケールというのがあると思うんですね。これが地上では僕はやっぱり自然界での波の変動とかで決まっている、そしてそういう自然現象には重力が絡んでいますよね。だから重力が絡んで心地よい時間間隔が決まっている、それがわれわれの体に組み込まれていて、変化するものに気を惹かれる、あまり早いものとかあまり遅いものは気を惹かないとかいうのがある。先ほど宇宙にオブジェを置く必要があるかどうかという話がありましたが、いろいろなタイムスケールの何か流体的なものを作っておいて、どれが一番気を惹いたかを調べたら面白いんじゃないでしょうか。 |
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